横浜物語-14【箱根の紅葉】
横浜物語(悪魔のロマンス)-14
優一はJに不安を訴えた。
「あの調査官はただものじゃない。」
「どんな奴か調べてみよう。」
「偽装譲渡がばれると物凄い税金になるが、それ以上に怖いのは国税局の査察だ。脱税で有罪になったら税理士は出来なくなる。」
翌日Jは、夕刻税務署を退庁した調査官の後を付けた。しばらく尾行すると突然相手が立ち止まり後ろを振り向いた。
目が合った。
調査官の方から近づいて来た。
「あなたとは住む世界が違うが、筋の通らないやり方は通らないと思っています。」
「俺が何かしたか?」
「あなたの世界のことを言うつもりはありません。」
「なにが言いたい。」
「村上さんです。彼の土俵は世間の納税者や役所です。多少間違うのは仕方ないですが、自分の生きる場所で筋が通らないことをしたら、けじめをつけて戴くしかありません。」
調査官はそう言うと踵を返して駅の方に向って歩いていった。
それ以上追うわけにはいかなかった。
(何故俺を知ってる。奴は何者だ。)
Jは優一に言った。
「油断できない奴だ。何者か分かるまで手は出さない。当面あいつのことは考えずに、俺達で出来るだけのことをしよう。俺が知る限り最高の弁護士を用意する。」
Y弁護士はかつて検察で活躍したことのある敏腕で知られる男だった。まだ事件にもなっていない段階だったが、着手金名目で相応の金を渡し事実関係を打ち明けた。
「契約書の作成日は死後だったのですか。」
「そうです。しかし生前に口頭での合意があったとする主張は出来ませんか。」
「その契約書が本物だとこれまで主張してきたのですね。」
「はい、そこを疑った相手は契約書の指紋とか筆跡を調べると言いました。」
「国税は法務省との繋がりが深いから、警察の科学捜査研究所に依頼することもあり得ます。故人の署名は誰がしたのですか。」
「私が似せて書きました。」
「そうなると、生前譲渡の主張はまず無理ですな。」
「どうしたらいいですか。」
「まず、税務署への対応策、次に刑事事件を想定した対策を考える必要があります。」
「民事レベルの課税訴訟だけでしたら止むを得ませんが、刑事事件になるのだけは避けたい。」
優一がそう言うと、弁護士は、
「今まで伺った状況からすれば、税務署は間違いなく生前の譲渡がなかったとして課税処分をしてくるでしょう。それと同時に、刑事告発を目的とした査察事件になる可能性は十分あります。国税局が査察事件として着手するかどうかは彼らの裁量なのでこちらから動いて止めることは出来ません。万一査察が入ったら、そのあと刑事告発されないように対応すること、そして最悪の場合だが刑事裁判になった時、無罪を勝ち取るように対応しなければならないでしょう。」
と言った。
「査察は覚悟しなければなりませんか。」
「なければ幸いとして、あることを前提にして準備する必要があります。」
「新聞に出ますか。」
「マスコミに察知されていないかぎり査察が入っただけでは新聞に載りません。しかし検察が国税から告発を受ける時や検察官による公判請求、つまり起訴のことですが、そういうタイミングで記事になるケースはあります。」
「私は何をしたら良いですか。」
「まず、これまでの出来事を時系列に整理して頂きたい。次に法律上の検討をしなければなりません。あなたは相続税に関する色々な知識をお持ちでしょうから、今回の申告に係る法律及び行政通達を全て教えて下さい。とりわけ株式評価に係る規定については詳しく検討する必要があります。」
「分かりました。急いで準備します。」
話を黙って聞いていたJが言った。
「尾行に気づいて、俺の素性を見切った背の高いあの男は何者だ。」
職員録を手にした優一が、
「山手税務署の調査官だが、国税局の査察に5年間在籍している。」
と言うと、その職員録を見た弁護士が、
「金融庁の証券取引等監視委員会にも出向しているが、ここには検察や警察の出向者も集まっている。多方面の捜査関係者を知っている可能性があります。」
「放っとくしかないのか。」
「余計なことをすれば、嫌疑が濃厚になってこちらが不利になるだけです。」
「何故、俺を知ってる?」
「推測ですが村上さんが馬車道の常連だと掴まれたからだと思います。奴らがその気になればそのオーナーが誰か把握できるでしょうし。」
解説
不安に駆られた優一に相談されたJは深田調査官を尾行しますが、調査官は振り向いてJを見据えて対峙します。Jは腕利きの弁護士を優一に引き合わせ対策を相談します。
次回は、時間軸を30年ほど昔に戻します。優一の父親である村上司朗とある女性との物語です。
・・・To be continued・・・