横浜物語

横浜物語-13

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横浜物語-13

横浜物語-13【横浜の夕空
横浜物語(悪魔のロマンス)-13
山下町の優一の事務所でパソコンを操作していた調査官は、
「先生、契約書のファイルはありませんけど、本当にこのパソコンで作成したのですか。」
と言った。

「ないなら、消しちゃったかも知れない。でも現物はあなたが預かったでしょう。」
「消したのなら仕方ないですが、先生がお使いになるコンピュータはこれだけですか。」

「事務所ではこれだけだ。それに普段は私自身が直接顧客の担当をすることはないからこのパソコンもあまり使っていない。もちろん自宅にも私個人のパソコンはあるが、小母さんの相続の仕事はこのパソコンでしかしていない。」
「そうですか。もう少し詳しく見させてもらいますが、もし深田さんとの譲渡契約書が残っていたならそのデータのコピーをいただきます。」

「それはかまわないけど、残ってないんじゃない。」
「ちょっと確認します。」
そう言うと調査官は、自分のカバンから小さなパソコンを取り出し、優一のパソコンに接続した。

しばらくして、
「残っていました。ファイルはコピーさせて頂きました。」
と言った。

「えっ。さっき残ってないって言ったじゃん。」
「ええ、削除されていました。でも削除しただけで、その後パソコンを頻繁に使っていなければ意外と復活できるんです。もっとも私で出来なかったら、パソコンをお預かりして業者に頼もうと思っていました。」

優一は仰天した。
「あんたはいったい誰なんだ。」

「深田さんのご自宅で身分証を示したはずですが、山手税務署の資産課税調査官の深田です。」
「税務署の調査官がそんなことまでするのか。」

「必要があればなんでもします。ところでこの契約書のファイル上の作成年月日は達也さんが亡くなった翌年の1月です。念のためにパソコン自体の内部時刻も確認しましたが正しい作成日に誤りはなさそうです。契約書は達也さんの死後に作成されたのではありませんか。」
「そんなはずはない。ファイルが翌年の日付になっているのなら、何かの拍子でそうなっているだけだ。前年に作成した当初のファイルを復元できないだけだろう。」

「被相続人と病院でお話した日はいつですか。」
「いちいち覚えてない。」

「手帳かスケジュール表みたいなものに記載していませんか。」
「そんなことはしていない。」

「では病院であなたの訪問日を確認することとします。」
「そんなことをしても意味がないだろう。税理士である私が亡くなる前に作成したと言っているんだ。」

調査官は、しばらく黙っていた。
「もちろんファイルのタイムスタンプだけでは客観的な証拠にはなりません。」
「私を疑うのはよせ。そのかわり多少の評価額の訂正なら応じてもいいぞ。あんたも立場があるだろうから。」

調査官は優一の話を聞いていたが、やがて微笑してこう言った。
「先ほど深田さんから預かった契約書、ほとんど触れないようにして仕舞ったんです。」
「えっ。」

「大切な証拠ですから。」
「あんたの言っている意味が分かんない。」

「この契約書の指紋を調べます。それと筆跡鑑定も。それが終わったら、あなたと深田さんからゆっくりお話を聞かせていただきます。」
「なんでそこまでするんだ。」

優一の背中を冷や汗が流れた。
「本日はこれで帰りますが、今後何か思い出したり、私に話したいことが出てきましたら何時でも連絡してください。」
調査官はそう言い残して帰っていった。

解説
深田調査官は、優一がこれまで会ってきた調査官とはずいぶん違うようです。
優一が作成した偽装譲渡の契約書の指紋や筆跡の鑑定をすると告げました。
そのような調査までされると思わなかった優一の背中を冷汗が流れます。
・・・To be continued・・・

 

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