横浜物語-32【雲の隙間から差し込む光・・・阿蘇】
横浜物語(悪魔のロマンス)-32
やがて会食が終わり、3人は混み合う中華街を抜けて大通りに出ようとした。
歩いていた純司が突然立ち止まった。
背後を振り返ろうとしながら、崩れ落ちた。
何事かと驚くナオミと優一の脇を、帽子をかぶりサングラスをした一人の男が駆け抜けて行った。
「純司!」
そう叫んだナオミに純司は言った。
「刺された。」
優一は呆然とした。
(純司がやられた!)
スマホを手に素早く救急車を呼び、純司の傷口を押さえた女がいた。
林田友紀だった。
「あなたどうしてここに?」
「そんなことより、急いで病院に運ばなきゃ。」
救急車には友紀が乗り、優一とナオミはタクシーで病院に急行した。
担ぎ込まれた救急病院で、医者は言った。
「傷口が深く大量の出血をしています。肝臓も損傷しており非常に危険な状態です。」
ナオミと友紀は、食い入るように医師の説明を聞いていたが、優一の脳裡には別のことが浮かんでいた。
(また純司が純子さんを取ってしまうかも知れない。)
思わず医師に訴えていた。
「僕は双子の弟です。僕の臓器や血液を使って下さい。」
「優一君、あなたも危険なことになるのよ。」
「違う、小母さん、そうしないと、また純子さんを取られてしまう。」
「えっ。」
「小母さん、頼みがある。」
「何?」
「手術が終わったら、助かったかどうか教えて欲しい。」
「当たり前じゃないの。」
「これは僕にとって本当に大事なことなんだ。万一助からなくても嘘を言わずにちゃんと話してください。」
3日後の朝、純司は覚醒した。
病院からの連絡を受けたナオミは、病床に駆け付けた。
「良かったわね。」
「守らなくちゃならない奴に助けられた。」
「良いじゃない。兄弟なんだから。」
「優は大丈夫か。」
「別のベッドであなたの結果を待ちわびているわ。」
「そうか。」
「彼は生まれて初めて身を呈したわ。」
「優のところに行ってやってくれ。」
「彼、手術前、とても思いつめた言い方をしたの。万一あなたが助からなくても絶対に嘘を付かないで本当の話をしてくれって。何度も繰り返してた。」
「そんなことを言ったのか。」
「そうよ。ところで犯人に思い当たりはあるの?」
「稼業柄何があってもおかしくないが、俺の組織はきちんとしてるし、正直分からない。」
「そう・・」
ナオミが部屋から出た後、純司は色々と思いを巡らせた。
(犯人は多分組織の人間じゃない。事務所を取り上げた小野の執念かもしれんな。)
(それにしても優一に救われるとは・・)
ナオミが戻ってきた。
「優一君にあなたが回復したと話したら、しきりに嘘じゃないよねって言うの。何回も本当だと話したら、やっと分かって嬉しそうな顔を見せてくれた。やっぱり兄弟なのね。」
「そうか。」
「妙なことを言ったわ。今度は僕が甘える番だって。」
それを聞いた純司の顔色が変わった。
「伯母さん、奴は死ぬ気だ。急いで戻れ!」
そう言われたナオミが優一の病室に向かうと、病室の前で人だかりがしていた。
看護師を払いのけて病室に入ると、血だらけのシーツに優一が横たわっていた。
ナオミは唖然とした。
「優ちゃん!」
「どうして、どうしてこんなことしたの!」
駆け付けた医師が言った。
「点滴の針で、頸動脈を何度も強く刺している。強い意志がないと出来ない行為です。」
短いメモが2枚あった。
「君のお母さんの処へ行く資格ができた。僕のお母さんにもなってくれるかな。」
「弱い子供が、初めて自分の力で責任を取ります。今までありがとう。」
夕刊の社会面に記事が載った。
「収監目前の元税理士、病院で自殺。」
解説
今回の解説はありません。
・・・To be continued・・・