横浜物語-29【蕾】
横浜物語(悪魔のロマンス)-29
その夜、優一はJを自宅に招いた。
「見せたいものがある。」
そういって優一は、何枚かの写真を持ってきた。
「この写真誰か分かる?」
「いや。」
「亡くなった母だ。」
「そう。」
「じゃあ、こっちは?」
優一が示した写真には、若き日の純子が写っていた。
「こういうのもあるんだ。亡くなった父の机の引出の奥に入ってた。」
赤ん坊を抱いた純子の写真だった。
「この人誰か分かる?」
「父親に聞かなかったのか?」
「父が生きているときにこの写真を見たことがなかった。」
「・・誰だと思う?」
「分からない。でもこれとそっくりの人の写真がナオミさんの本棚に大事そうに置いてあった。」
「聞いてみたか。」
「聞いたけどちゃんと答えてくれなかった。」
「・・そうか。」
「この人がどんな人か分かんないけど、少なくとも僕は母の子じゃなかったんだ。」
「どうしてそう言える?」
「父の葬儀を横浜で行って母が眠っているお墓に埋葬した。でも父は本家の長男だったから実家の寺にも分骨して欲しいって言われた。それで初めて愛媛県のお寺に行った。そしたら村上家の大きな墓の脇に設けられた石板に母の名前と亡くなった日が刻んであって、その隣に優司という名前が小さく刻んであった。母は優子で父は司朗だ。父と母から生まれた子供は亡くなっていたんだよ。」
「住職は何と言った?」
「優司は出産後すぐ亡くなった母の子供だって。父は母が亡くなって横浜の霊園を買ったけど、そこには母の戒名しかない。ところが本家のお墓には母と子の名前があったんだ。そしたら僕はいったい誰なんだ?」
「お前、そこまで分かって事実を調べようとかしなかったのか?」
「そこが僕の弱いところさ。父は僕を自分と母の子として育て、僕は何の疑問も持たなかった。父が亡くなって両親の実の子供が亡くなっていると知って衝撃を受けたけど、父が自分の子として僕を育てた以上、敢えて秘密を探らなくてもいいと思ったんだ。本心を言えば、自分が誰か分かってしまうのが恐ろしかった。でも先が見えない今になって気になり出したんだ。高校卒業の目前に君が近づいてきたこと、君は世間では恐れられてる男なのに僕には一貫して優しかったこと、それと僕が裏切ったにも関わらずナオミさんは僕を厳しい眼で見てない。知ってたら教えてくれ。僕はいったい誰なんだ?」
「俺とお前が兄弟と言ったらどうする。」
「それは有り得ない。顔だってそんなに似ていないし性格も違う。君は見るからに精悍だけど僕は体も意志も弱い。それに本当に兄弟だったら、あの優しい父が一人暮らしの君を放って置くはずがない。」
「・・そうかも知れないな。」
「君は僕の質問に答えていない。僕は誰なんだ?」
「その写真の女に会いたいか。」
「えっ!」
「会いたくないのか。」
「・・・」
「今夜、馬車道に来い。」
解説
優一は、父親が亡くなってから見つけた純子の写真をJに見せて、誰か分かるか尋ねました。するとJは優一に、写真の女性に会いたければ「今夜、馬車道に来い」と告げます。
・・・To be continued・・・