横浜物語-25【横浜地方裁判所】
横浜物語(悪魔のロマンス)-25
まもなくナオミと優一は、国税局から検察庁に告発された。
告発時点で、二人とも全て自供していたことから、逮捕されることはなく、在宅での取り調べとなった。
やがて起訴状が送達され裁判が始まった。
初回の裁判は、検察官による起訴状の朗読の後、罪状認否と証拠採否が行われる。
ナオミが罪を認め、優一の番となった。
「あなたの職業は?」
「税理士です。」
裁判官が怪訝な顔をした。
脱税事件に関与して法廷で裁かれようとする税理士が、罪を認めて反省しているのであれば、資格を返上して誠意を示すのが普通だからだ。
「現在もですか。」
「はい。」
「廃業していないのですか。」
「廃業までする必要はないと思ってます。」
「そうですか。それでは伺いますが、あなたは深田さんの相続税法違反被疑事件に関して、あなたが行ったとされる被疑事実を認めますか?」
「私は、深田さんの相続税の申告において適切ではない方法により申告を行ったかも知れません。しかしながらそれは脱税ではありません。財産評価に関し、国側と私の見解が違っただけです。」
裁判官は唖然としていた。
検察官が割って入った。
「あなたは検事捜査の段階で、ここにいる深田ナオミさんとの脱税の共謀を認め、被相続人の生前中に株の譲渡があったかのように偽った書類を作成するなどして税金を免れたと述べていますが、それは嘘だったというのですか。」
「私は、日付を遡及した契約書を作成したことは認めます。ただし私が行った申告が脱税だとは思っていません。株の評価の方法が違うというのでしたら、行政訴訟で争うべきで刑事事件にするのは間違いだと思っています。」
裁判官は言った。
「あなたの言い分は分りました。この案件は行政訴訟には該当しても脱税ではないと言われるのですね。」
「そうです。加えてもうひとつ申し上げたいことがあります。」
「なんですか。」
「私が、いくらそのように申し上げようが、私を刑事被告人とする裁判は始まってしまいました。そこで、この冒頭の日に大切な真実を述べておきたいと思います。」
裁判官も検察官も黙って聞いていた。
「今回の申告で、私なりに非上場株の評価が少なくなるように心を砕いたのは、ここにおられる深田さんからの強い依頼があったからです。」
「なんですって。」
ナオミが優一を凝視した。
「ご承知かも知れませんが、私は子供の頃から深田夫妻に可愛がられ並々ならぬ恩義を感じておりました。その小父さんが亡くなって、小母さん、つまりここにいる深田さんから、なんとか株を売らないで済むようにして欲しいと言われ、やむなく多少強引ではありますが評価を低く見積もる方法を用いて税金の計算をしたのです。その際、株の一部をあげるから、なんとか税金を減らしてくれと頼まれました。
私は、小母さんの願いに基づいて生前譲渡の契約書を作成し、今回の申告を行いました。ですから、私が申し上げたいのは、一義的には今回の事件は刑事事件にはなじまないということ、次には、仮に刑事事件の範疇で審理されるとしても、私はお世話になった恩義の感情から小母さんからの依頼を断ることができず、多少強引な評価をしてしまったかも知れないということなのです。私の方から積極的に行ったものではありません。」
ナオミは立ち上がり、優一に向かって言った。
「優一さん、あなた、本気でそんなことおっしゃるの?」
優一はナオミの顔を見ず、黙ったままだった。
弁護士が裁判官に向かって言った。
「私は、村上被告人の本日の答弁を予測しておりませんでした。しかしこうなりました以上村上被告人と深田被告人の裁判は分離していただいた方がよろしいと思います。私は村上被告人の弁護のみを継続します。」
「裁判を分離するか次回公判をいつにするかは、追ってお知らせします。そうなりますと本日採否を判断するつもりでした証拠についてもご意見があるんでしょうね。」
「はい、村上被告人の裁判に関する供述関係の証拠は、すべて不同意とします。」
「分かりました。争点が明確に存在する以上、証拠の採否に関しては、しかるべき日程で整理手続を行うことにします。」
裁判官は、そのように述べた後、ナオミに対し、
「深田被告人、村上被告人は公訴事実を認めないとおっしゃいましたが、あなたは先ほど認めると言われた。そのことに変わりはないですか。」と尋ねた。
ナオミは、小さな声で、「はい。」とだけ言った。
優一とナオミが視線を合わせることはなかった。
解説
裁判の罪状認否で優一は否認に転じ事件を主導したのは自分ではなくナオミだと主張し、これを聞いたナオミは唖然としてします。
・・・To be continued・・・