横浜物語-23【称名寺(横浜市金沢区)】
横浜物語(悪魔のロマンス)-23
「優、お前次第だとさ。先生、どんな方法があるか教えてくれ。」
「最悪の事態になって罪を免れ得ないとしても、それを出来るだけ軽くすることを考えておく必要があります。そういうアドバイスなら可能です。まず法律上の理屈を言いますが、村上さんには、相続人以上の罪が課されることはありません。」
「どういうことですか。」
「脱税犯は身分犯だということです。つまり税金を免れることが出来る人は納税者という立場の人だけです。ですから今回の場合、相続人3人が税を免れたということになります。もっとも子供2人は全く申告に関与していませんから罪に問われませんが。」
「脱税となった場合の主犯は、ナオミさんということですよね。でも私が工作していますから、私も罪に問われるはずです。」
「村上さんの罪は、ナオミさんという人の脱税を一緒になって実行した、つまり脱税の共謀者としての罪か、あるいは脱税を手助けしたか、この場合幇助犯ということになりますが、そのいずれかです。」
「そうでしょうね。ナオミさんがありのまま喋れば、私は間違いなく共犯です。」
「あなたが共犯であるとした場合、ナオミさんは正犯といいます。たとえあなたが積極的に脱税を主導していたとしても、通常、共犯は正犯以上の罪を問われません。」
「はぁ・・」
「あなたはナオミさんから株を貰っていますよね。」
「口では要らないと言いましたが、受け取った株は私の名義にしてそれを担保に銀行から金を借りました。」
「このままだと、あなたは、自己の利益のために無知な相続人に入れ知恵して脱税させた税理士として厳しい処分が下される可能性が高い。もっともその場合でも理論的にはナオミさんと同じ量刑ですが。」
「税理士業はできなくなりますか。」
「おそらく。」
「今おっしゃった、私次第という方法を是非教えてください。」
「それでは申し上げますが、あなたはそのナオミさんという方と人間関係を断つことができますか。もっとはっきり言えばその方が悪者になってもかまいませんか?」
優一は驚いた。
「あの方には子供のころからお世話になっています。それはできかねます。」
優一は下を向いた。
「それでは話すのは止めましょう。」
そう言うと弁護士は帰り支度を始めた。
「念の為にどうするのか教えてください。」
そう聞いた優一の顔を驚くように見たのはJだった。
「無理には勧めませんが。」
「話だけでも聞かせてください。」
「村上さんがナオミさんと株取引の話をしたのは二人きりですよね。」
「そうです。山手のナオミさんの家で二人だけ話をしました。」
「仮に、ナオミさんの方から生前譲渡を持ちかけられて、その謝礼として5パーセントの株を申し出られたのが事実だとしたら、あなたの立場は随分変わります。少なくとも共犯からほう助犯になる可能性が高い。」
「それは、・・・そんなことは到底できません。」
「そうだと思います。ただいずれにせよ、ナオミさんの受けるべき罪は大して変わりません。彼女は脱税者本人ですから。あなたは関わった状況次第です。あなたの受けるであろう罪は、最大値でナオミさんと同じ、対応次第で随分軽くなると思います。」
弁護士が帰った後、二人は長い夜をまんじりともせずに向かい合っていた。
「小母さんを裏切ることは出来ない。」
「お前の気持ちが一番だ。いざとなったら、誰かほかの税理士の名義を借りれば良いさ。」
「亡くなった父に申し訳ない。自分が馬鹿だった。」
「しばらく様子を見よう。100パーセント刑事告発されると決まった訳でもない。」
優一は力なく頷いた。
解説
弁護士は、脱税が優一ではなくナオミが主導して行われたものだとすると、優一の受ける刑罰はかなり軽減される可能性があると話します。
・・・To be continued・・・