福岡物語

福岡物語-38

  1. HOME >
  2. 福岡物語 >

福岡物語-38

福岡物語-38【福岡地方裁判所福岡物語(居場所を求めて)-38
その年の一二月、国税局は検察庁に対し、これまで捜査を行ってきた消費税の不正受還付被疑事件について、被疑会社三和物産、被疑者岩佐真司、同丸田忠彦、同海老原一夫を刑事告発した。

岩佐と丸田が、黒木達に事実関係を詳らかに供述したことにより証拠は十分だった。岩佐達が秘したのは、取引先の首謀者である崔と龍雄が残した二五〇〇万の金だけだった。姉を死なせ、更に国税局に独断で金を渡した責任を取るかのように海に消えた龍雄を思うと、龍雄の生前の付き合いを暴露したり、敢えて残した金について話すことは出来なかった。

その後、検察官の取調べを経て被疑会社及び各被疑者について公判請求がなされ、裁判が開始された。各被疑者と弁護人は、検察官の証拠申請に対し異議を唱えず、むしろ全面的に同意した結果、本件は龍雄と岩佐と丸田の共謀共同正犯による事件と判断され、海老原が共犯となるか幇助犯に留まるかは、しかるべき審理の上、追って判断するとされた。

裁判の途中で、海老原は突然無罪を主張した。丸田に脅迫されて、やむなく税理士法三三条の二の書面を作成しただけで、不正には全く関与していないとの主張だった。

海老原は、交代した弁護士を通じて、自白した供述証拠の証拠採用を全て不同意としたことから、裁判は分離され、海老原の主張を審理するために、裁判長は、松尾査察官と海老原の事務員だった香織を公判廷に呼び寄せて証人尋問を行った。裁判官の海老原に対する心証は悪く、共犯にはならなかったものの幇助犯としては異例の実刑判決が出された。

続いて岩佐真司の殺人未遂事件の裁判が開始された。
検察官が冒頭陳述において「被告人は殺意をもって黒木を刺した。」と読み上げた内容について、岩佐は裁判官に対し事実そのとおりであるから争うつもりはないと述べた。

一方、弁護人は、被告人はこのとおり被疑事実を認めており、公訴事実について争うつもりはないが、結審までに証人を一名呼びたいと裁判長に申し入れた。
「どなたをお呼びしますか。ご家族ですか、・・それとも。」

被告人本人が自認して有罪が確実な場合、証人申請されるのは、本人の情状を訴えるための家族とか職務上の上司あるいは監督者であることが多かった。

「証人は、国税局の黒木査察官です。」
次の公判で、黒木は多田隈に付き添われて出廷した。

検察官は、被害の当事者である黒木の証人申請に一瞬驚いたが、弁護人が情状狙いで公判廷で謝罪させる目的だろうと考え、特段警戒しなかった。検察官の想定どおり、岩佐は黒木に深々と頭を下げ「申し訳ありませんでした。」と謝罪した。弁護人の証人尋問が始まった。

弁護人が尋ねた。
「ナイフで刺された時、どう思いましたか。」
「刺された後ですか。・・もしかしたら死ぬかもしれないと思いました。」

「刺される時、殺意は感じましたか。」
「それが、正直ありのままいうと、そのとき殺意は感じんかったです。」

「えっ!」
法廷はどよめいた。検察官も、そして弁護人さえも驚いた。

「岩佐さんは、行きがかり上ナイフを出したが本当に刺す気はなかったと思うんです。それを押さえようと向かった際に、運悪く腹にささってしまいました。」

検察官が鋭い口調で申し立てた。
「被告人側が証人に罪の軽減を依頼したのではないか。」

裁判官が、その有無を尋ねると、
「私はその時思ったことを正直に述べたまでです。」
「でもあなたは、被告人から捜査を止めてくれと言われて拒否した後に刺されましたよね。」

「そうです。でもその時の岩佐さんは、私に捜査を止めさせようという一念だけだったと思うんです。ナイフを持っていましたから、捜査中止の依頼とナイフで刺したことを結びつけると、殺人未遂と捉えられてしまうかもしれませんが、そのような状況であっても、私は彼に刺されて殺されるという恐怖は感じませんでした。寧ろ、そのナイフを捨てさせようと動いた私と交錯するなかで、運悪く私が刺される結果となったのだと思います。加えて申し上げますが、私が被告人を庇う理由は何もありません。」

検察官が割って入った。
「しかし被告人は被害者の腹部を深々と刺している。殺意がなければこのような行為は出来ないはずだ。」

裁判官がこの点を尋ねると、
「確かにナイフは深く刺さりました。しかし心底殺意があったら、そのナイフを回転させてえぐったと思うんです。私が助かったのは、真っ直ぐ刺さったナイフが肝臓や腎臓を外れていたからです。」

黒木は続けた。
「私は、脱税の捜査官としての仕事柄、被告人のことはある程度調べています。被告人は不器用な人間かも知れませんが、度量があって、とても人を殺してまでして窮地を逃れる人とは思えません。刺される直前まで本当に殺意を感じませんでした。」

岩佐に向かって言った。
「礼子さんが亡くなった。龍雄さんも船に乗って出た後帰らん。こんな寂しくてつらい流れは断ち切らないかん。あんたは、そういう人達の人生を背負って生きる義務がある。」

下を向いたままの岩佐を顧みた弁護人は、
「殺意がなかったとの黒木証人の証言に加え、被告人はこのとおり十分反省しています。この点を十分酌量していただき、ぜひとも寛大な判決をお願いします。」と述べた。

検察官は、反対尋問をせず黙ったままだった。

解説
黒木は裁判において、岩佐にナイフに刺された時、殺意は感じなかったと証言します。

・・・To be continued・・・

 

 

-福岡物語
-

© 2024 令和の風 @auspicious777 Powered by AFFINGER5