福岡物語-36【豆田町の薬屋(大分県日田市)】
福岡物語(居場所を求めて)-36
龍雄は、弁護士と同行して岩佐と面会し、礼子が死んだことを伝えた。
岩佐は泣きじゃくった。黒木を刺したことを悔やみ、姉さんの意志だからもう金はいらんと言った。
丸田の反応は異なっていた。
「千載一遇のチャンスで儲けた金じゃないですか。少しくらい刑期が長くなるかもしれませんが我慢して待ちましょう。前科者の我々が金なしで生きていくのは大変です。真ちゃんも本音はそう思ってるはずです。」
「そうかもな。」
「取引先に取り上げられたと申し立てるんです。あるいは私たちはただの手足で、実体は釜山にあるとか、なんとでも言えると思います。」
「・・・そうか。」
反論する気は起きなかった。スタートした時の趣旨から言えば、丸田の意見が正論だった。
岩佐も丸田と同様の気持ちを、言い出せずにいるのかも知れなかった。
死んだ姉の言ったとおりにするつもりだったが、二人の気持ちを考えると気が重かった。
数日後、龍雄は、当初岩佐と丸田が元手として出した二五〇〇万だけ残し、残りを金庫から出してトランク三個に区分けして詰め、車に積んで国税局に向かった。
応対した係官に、
「黒木さんおりますか。」
と尋ねると、多田隈が出てきて応対した。
「高山さんか、黒木の上司の多田隈だ。お姉さんご愁傷様やったな。」
「いや、それはこっちのことやけん。それより黒木さんにはすまんことをした。」
「あんたがやったんじゃないだろう。」
「姉ちゃんから、俺の責任だと言われた。」
「そうか。」
「黒木さんに渡してくれ。」
龍雄はそう言って、車から降ろしたトランクを多田隈の前に置いた。
多田隈は、中身を聞かずに、
「話はついとるんか。」
と聞いた。
「独断じゃ。日本人のものは日本人に返す。」
「いいんか。あとのふたりは。」
「そっちのけじめはつける。とにかく黒木さんに渡してくれ。鍵はこれだ。」
鍵を渡して帰ろうとする龍雄に多田隈が言った。
「お前は何処の人間だ?」
「分からん。」
「日本に住んどったら日本人じゃないのか。」
「俺は日本人と思ったことはないし、ほかの国の人間とも思ったことはない。」
「・・そうか。」
「俺はどこぞの人間でもない。俺は俺じゃ。」
解説
龍雄は、岩佐や丸田に無断でこれまで手にした金を返します。
龍雄は、多田隈とのやりとりの中で、「俺は日本人と思ったことはないし、ほかの国の人間とも思ったことはない。」「俺はどこぞの人間でもない。俺は俺じゃ。」と言います。
・・・To be continued・・・