横浜物語

横浜物語-5

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横浜物語-5(横須賀沖を走るタンカー)
横浜物語(悪魔のロマンス)-5

その夜、優一は、関内のナイトクラブ「馬車道」でJと向き合っていた。
「資金の目途がたった。そろそろ奴を追い詰めて欲しい。」

優一が追い詰めて欲しいとJに頼んだ相手は、多数の医療法人を顧問先に持つ税理士だった。
きっかけは、優一が顧問をしている広告業者からの情報だった。

「汚い商売をしている奴らがいるんだ。」
「汚いってどんな風にですか。」

「大赤字の広告会社があるんだが、儲かっている病院から、実際の仕事分の何倍もの金を振り込ませ、水増し分を医者にバックしていると聞いた。2代目、3代目のボンボン連中が多い病院では、遊び金欲しさにその広告会社を使うのが流行っているらしい。こんな手でやられたら、俺達はお手上げだ。」

「どうしてそんなことが分かったんですか。」
「時々仕事を呉れる整形外科の院長から聞いた。友達の医者から誘われたって。」

「そうですか。その広告会社は何故そんなに赤字なんですかね。」
「大赤字のまま休業していた会社を誰かがこっそり買い取って商売を始めたらしい。売上を水増ししても欠損金と相殺されるから税金は出ないそうだ。」

「それが本当なら放っておけませんね。なんていう会社ですか。」
「M企画だ。あちこちの病院の顧問をしている税理士とグルになっているらしい。」

「ひどい話ですね。関係している病院やその税理士が誰か分かったら教えてください。事実関係が明らかになったら税理士会で取り上げるなりして対応します。」

小野は、横浜市の関内駅の近くに立つ大きなビルのワンフロアを借り切って父親から引き継いだ税理士事務所を経営していた。素行や風評を調査したところ、仕事は事務員に任せて自身はフェラーリを乗り回し、夜毎銀座に行くなど派手な生活をしている様子だった。

(そんな奴なら、金はいくらあっても足りないだろうし、広告屋の話は事実だろう。)
優一は、小野を排除してその顧問先を獲得できるかも知れないと思った。

税理士の財産は、優良な顧客である。
(彼奴の顧問先は、事務員の数からすると200件位はありそうだ。少なく見積もって1件あたりの顧問料は年額100万、年収だと2億、人件費や諸経費を差し引いた純利益はその3割だとすると6000万にはなるはずだ。)

「あの税理士がやっているのは脱税幇助だ。最初は遠まわしに、しかし趣旨がよく分かるように本人を追及してくれないか。」「銀座で遊ぶような男だ。妙な筋を知っているかもしれんし、まずは大概無視されるぞ。」

「いいさ。黙ったままだったら税務署と医師会にバラスと言えばいい。そしたら少しは反応するはずだ。」
「それでどうするんだ。」

「本人が気にしだしたらこっちのものさ。自宅や事務所に毎日電話する。もちろんこっちの身元はばれないようにして。」
「その後は。」

「追い詰める。最後は金だ。2~3億かかるかもしれないが、事務所ごと買収する。」
「そんな金あるのか。」

「当てはある。」
優一の試算では、ナオミから手に入る予定のミラノ旅行社の株式は、10億以上の財産価値があり、無論ナオミが生きている限り自由に出来ないが、これを担保にすれば金融機関から数億円の借入は可能だった。

「俺と違ってお前は真っ当に生きている。似合わないことはしない方が良い。」
「これまではそうだった。でもこれからは自分の内にある欲や望みを直に出して生きることにした。」

「どうしてだ。お前はまともに育ち世間で認められる仕事をしている。今のままで十分だろう。」
「理屈じゃない。欲は人間の本能だ。」

「言っておくが俺の世界は支配欲や征服欲を力で統制している。お前の生きている社会は欲を法律や道徳で調整している。表に生きながら裏のやり方をするのは危険だ。下手をするとお前が生きてる社会からはじかれるぞ。」
「ちゃんとしたプランだし勝算はある。」

「失敗したらどうする。」
「それでもかまわない。父の後を継いで素直に生きてきたけど自分の思い通りにしたくなった。殻を破って自分自身を出したくなったんだ。」

「お前がそんなことを言い出すとは正直思わなかった。俺と付き合ってきたせいか?」
「違う。自然に湧いてきた。そういう自分があると知って驚いたけど嬉しくもあった。」

「・・・」
「手伝ってくれないのか。」
「応援してもいいが、こういうことは最悪を覚悟してやる必要がある。」

「失敗したら責任は取る。税理士の世界から弾かれても刑務所に入っても構わない。」
優一がそう言い切ると、Jは黙って煙草に火を付けた。

「そこまでの覚悟があるなら、手伝ってやる。」
Jはそう言うと、吸い込んだ煙を溜息のように吐き出した。

優一がママに声をかけた。
「由依は?」

「まだ来てないわ。」
「じゃあ、水割り。」

「ウィスキーは、ジョニーの青で良いかしら。」
その夜、インターコンチネンタルホテルの最上階で女と一体になった優一は、港の夜景に向かって張り出した窓に華奢な相手を押し付けていた。

「優しくして!」
相手は懇願したが、優一は聞き入れなかった。

(Jが引き受けてくれた。ミラノ旅行社の株、奴の顧問先、もうすぐ手に入る。)
高まった激情を乱暴にぶつけた。

解説
序盤の主な登場人物は、ナオミ (遺産相続人)、優一(税理士)、J ( 優一の友人)です。
優一の思わぬ一面が表れてきました。
Jと優一との関係はまだ謎ですが、次回から触れて行きます。

・・・To be continued・・・

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