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横浜物語-19【夏の八幡平

横浜物語(悪魔のロマンス)-19
深田調査官が手掛けた相続税の事案は、国税局査察部の察知するところとなり、その後すみやかに内偵調査を進めた査察が着手の是非について検討していた。

着手の是非は、本来国税局が単独で判断するが、脱税を立証する上で困難が予想される場合は、後日の裁判を見据えて事前に検察官と協議することもあった。

深田調査官は、旧知の検察官から質問を受けていた。若い女性が同席しており、検察官が紹介してくれた。

「福岡地検在任時に大変お世話になった林田さんです。」
「福岡国税局から東京局の査察部に出向中の林田友紀と申します。」

「・・深田です。」
(何故、こんな若い査察官がベテラン検事と同席しているんだろう。)

深田の気持ちを読み取ったかのように検事が説明した。
「彼女はあなた同様、数少ない捜査のプロです。福岡地検の時は被疑者の追及や証拠の分析などに関して随分助けてもらいました。僕と君とのやり取りを聞いてもらいたくて、頼んで同席してもらいました。」

「私をプロと言われても困りますが、よろしくお願いします。」
深田はどちらにとでもなく挨拶し、林田も頭を下げた。

「しかし君が担当していたとはね。」
「質問していただければお答えしますが、私から積極的な説明はしかねます。」

「何故だい。」
「私は税務署の調査官です。私の調査権限は課税調査のためのものです。」

「分かっているさ。君は刑事事件を前提にした仕事をしている訳じゃないから、君から検事の僕に自発的に報告するのは芳しくないというんだろう。」
「そうです。」

「しかし、この案件は国税の査察でも内偵して脱税が濃厚と捉えた結果、僕も関わることになった。だから僕の職権で、僕から君に尋ねる分には構わないだろうね。」
「そのように願います。」

「相変わらず規律に厳格だね。それでは伺うが株式譲渡の契約書は偽りなのかい?」
「筆跡の鑑定結果とパソコンのタイムスタンプなどから、契約書を事後に偽造したことは明らかです。」

「契約の基本は意志主義だ。生前に合意していたと主張されたら?」
「口頭契約の主張があった場合、直接排斥出来る証拠はありません。」

「君ならどう立証する?」
「契約書を強い状況証拠として位置付けます。たとえ国税の調査であってもこれまで長い間、過去に遡って作成したことを否認していますから、状況証拠とはいえ立証の柱になり得ます。その上で相続人等から供述を得て補強します。」

「未亡人と娘二人はどんな方々?」
「現時点で税理士は自分を窓口にして調査して欲しいと要求しており、十分な質問調査は出来ていません。しかしながら、相続人である未亡人は若い頃から信心深いクリスチャンで、その娘二人は相続手続に全く関与していません」

「未亡人の供述は期待できるかな。」
「税理士とは彼の幼少時期から面識があるようですが、正面からきちんと聞けば嘘は言えない方です。あるいは黙秘するかもしれませんが生前譲渡を堂々と主張できるような人ではありません。」

「君の話しぶりからすると、もしかして、君はその未亡人を以前から知っているんじゃないかね?苗字は君と同じだよね。」
「できれば、その質問にはお答えしたくありません。」

「無理に言わなくていいけど、その未亡人は脱税の正犯だよ。」
「・・・それならそれで止むを得ません。」

「分かりました。そうすると犯則行為の立証は可能として、もう一つ問題がある。」
「何ですか。」

「本件は、非上場の会社の株を幾らで評価すべきかという事案だ。その財産価値に見合った評価をするには、その時々に応じて柔軟な手法が認められることもある。現に国税の通達も財産評価の手法を何通りも認めている。果たして持株割合30パーセント超の場合と30パーセント以下の場合とで財産評価が大きく異なるような財産評価の事案が、刑事訴追になじむだろうか。」
「検察の皆さんで検討されて、脱税事件にはなじまないと判断されれば仕方ありませんが、私は脱税が成立すると考えています。」

「その根拠は?」
「財産評価の基本は純資産による評価方式です。もちろん純資産とは言っても個別の財産ごとの時価の測定は困難なので、大方の財産については、帳簿価格を時価と捉えて評価する場合が一般的です。そうしますと純資産という評価方法であっても、デフレの時代でもない限り、普通は実勢の相場よりかなり控え目な評価となり、ミラノ旅行社の場合もそうなっています。

一方、配当還元という方式は、国税が経営に関与しない立場の弱い者に配慮して設けた特別な規定で実勢価格とは全く乖離した評価額となります。検察官もご存知のとおり、脱税とは『不正の行為により税を免れる』ことですが、彼らが虚偽の契約書を作成して、本来行うべき純資産方式による税額計算をせずに相続税を免れていたことは紛れもない事実ですので、脱税があったと十分言えると思います。」

解説
深田調査官が、旧知の検察官からの事件についての質問に答えています。
その検察官は、同席している女性の査察官と深田調査官の能力を認めているようです。

・・・To be continued・・・

 

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