横浜物語-16【アヤメ】
横浜物語(悪魔のロマンス)-16
或る夜、珍しくダブルを呷るように飲む純子を見た。
「そんな飲み方したことなかったね。」
「姉と喧嘩したの。」
「お姉さんと?」
「野良猫みたいな私に比べたら、それは立派な暮らしをしている人よ。」
「何か言われたの。」
「悔い改めろってさ。」
「クリスチャンみたいな言い方だね。」
「本当にそうなの。堅物のクリスチャンだから言い方がいつも一方的だわ。このままだとあんたはふしだらな生活をしたまま何も残さずに人生を終えるって言われた。」
「・・・お姉さんの意見は必ずしも間違ってないと思うけど。」
「意見の中身はどうでもいいの。でもあなた、私からすれば異次元の世界に住んでいる姉から、自分が絶対に正しいと信じる意見を押し付けられる身にもなってよ。」
「君はお姉さんより自由な人だと思うけど、君を心配するお姉さんの気持ちは分るよ。」
「好んで今の生き方をしているんだから、何を言われても気にならない。でも・・」
「でも何?」
「何にも残らないって言われたけど、その言葉はこたえたの。」
「どういうふうに?」
「孤独感。何も残さずに一人ぼっちで死んでいくって確かに寂しいだろうなって。」
「一人で自由に生きるということは結局、孤独を受け入れるっていうことじゃないの?」
「孤独を受け入れるのは自ら望んだことだけど、一人ぼっちで最後を迎えるのが恐くなったの。」
「一人ぼっちで死ぬかなんて今わからないだろう。」
「このままいけば間違いなくそうなる。姉と違って私は自由で、今はその自由を満喫しているけど、残すものが何もないまま死を迎えるのは怖いわ。」
「こういう言葉があるよ。」
「どんな?」
「人生盛んなる時はひとり自我の実現を望み、終焉に際しては孤独から逃れんとする。」
「そんなこと誰が言ったの?」
「村上司朗。」
「えっ!」
「僕の即興だよ。」
「ふうん。やっぱり馬鹿じゃなかったんだ。」
「さあどうだか。ところで孤独の解消に打ってつけの妙薬があるよ。」
「妙薬って何?」
「宗教だよ。君のお姉さんのキリスト教でも仏教でも、まぁそれぞれの宗派は色々あるだろうけど、きちんと帰依すると平穏のまま終焉を迎えることができる。」
「嫌だわ。私には私しかないの。誰にも頼らないし神様や仏様にすがることもしないわ。」
「正直僕も信仰心はあまりないけど。」
「あなたはひとりぼっちで死ぬのは怖くない?」
「あんまり考えたことないな。生まれるのも死ぬのも運命だしどうしようもない。」
「そう言えるのは奥さんがいるからよ。少なくともあなたは一人じゃない。」
「それはそうだけど。」
「私は一人ぼっち。姉は正しいの。それで頭にきて縁を切ると言ってやった。」
「そういうお姉さんなら、また修復できるさ。」
「それで考えたんだけど・・」
「どんなことを?」
「随分考えたんだけど、話していいかな。」
「僕で良ければ。」
「生き甲斐が欲しいの。孤独から解放されたいのよ。」
「どういうこと?」
「子供が欲しい。手伝ってくれる。」
「僕が?」
「迷惑はかけないわ。私だけの子供として育てる。何年間か仕事をしなくて良い位は溜めてるから。」
「凄いことを言うね。」
「困る?」
「光栄だけど。」
「奥さんのこと気になる?」
「・・・」
その夜、司朗は初めて純子を伴って店を出て、「港の見える丘公園」のふもとのホテルに行った。
「しばらくここに泊まるわ。私を抱いた後帰ってね。」
「今夜は一緒にいるよ。」
「駄目。あなたや奥さんには迷惑をかけない。私が欲しいのは子供だけよ。」
「子供ができたら認知する。」
「それも駄目よ。わたしだけのもの。」
そう言いながら、下着姿になった純子の体は見事だった。
恐る恐る外したブラジャーの下の乳暈は少女のように綺麗だった。
「案外綺麗でしょ。」
忘却の夜が続いた。10日ほどして、突然純子がホテルから消えた。
馬車道にも行ってみたが、来ていないと言われた。
解説
今回は、解説なしです。
・・・To be continued・・・