横浜物語-9【八ヶ岳と雲】
横浜物語(悪魔のロマンス)-9
小野は困惑していた。
話が的を得ていたからだ。
「税理士のくせに広告会社を使って脱税の片棒を担ぐなんて、とんでもない野郎だな。」
ストレートにそう言われては、電話から逃げるわけにもいかなかった。
「一体、どうしたいんですか。」
「仮にも税理士を名乗ってる人間が脱税に関与したんだ。潔く責任を取れ。」
「あんたは誰だ。」
「そんなことを聞ける立場か。」
「俺にどうしろというんだ。」
「税理士を廃業しろ。」
「そんなことできるわけないだろう。」
「それでは病院にこの話をする。病院の院長にあんたと共謀して脱税して甘い汁を吸ってることをマスコミにバラスと言う。」
「俺の関与先なんて知らないはずだ。」
「蛇の道は蛇というからな。大体分かるさ。そうでなくても県下の病院全部に通知すれば済むことだ。」
「バカなことはよせ。」
「次はマスコミ、その後は国税だな。」
「おい、どうにかならないのか。」
「検察にも話す。やつらは国税と仲がいいし、税理士の脱税指南事件だったら喜んで飛びつくだろう。」
「いくらだ。」
「汚い金をお前から貰って共犯にされるのは真っ平だ。」
「できるだけのことはするから思いとどまってくれ。」
「廃業か告発かのどっちかだ。3日だけ待ってやるが廃業しなかったら告発する。」
弁護士と相談し、直接相手に会って真意を確認することにした。
真意が分からなければ対策が立てられない。
相手に連絡したところ、ニューグランド5階のレストランに一人で来てくれと指示された。
港に面した左端の席を指定された。
密かに弁護士も同行したが、何故かレストランは満席で入れず、ロビーで待機するしかなかった。
待っていた男が、
「ランチを頼んである。まずは食事をしよう。」
と言った。
小野は殆んど喉を通らなかった。
食後のコーヒーを飲みながら男が言った。
「あんたを救ってやる。ここは人目があるので一緒に上の部屋に来てもらいたい。」
「あなたがどういう方か分からない。」
「俺と話すか、このまま帰って告発されるかだ。」
「ちょっと待ってくれ。」
弁護士に連絡しようとしたが遮られた。
「あんたの弁護士が、ここに入れずに待機していることは分かっている。」
「えっ!」
「あんた、俺の本音を探りに来たんだろう。違うかい。ここは本音を出し合う場所じゃないから落ち着いた所で相談しようと言ってるんだ。」
やむなく男とともにエレベーターに乗った。
案内された部屋は、広いスイートだった。
金を要求されるかと思ったら逆だった。
「1億出してやる。」
「どういうことですか。」
「悪いことをしたんだ。事務所を手放せ。」
「父から引き継いだ大事な事務所だ。むざむざと他人には渡せない。」
「そう意地をはるな。真っ当な税理士に代わってもらうだけだ。」
「嫌だ。」
「俺の申し出を断って事務所を維持できると思うか。」
「・・・」
「諦めて金を取れ。」
「誰が引き継ぐんだ。」
「少なくともお前以外のまともな奴だ。」
「私にも生活がある。」
「そりゃ、フェラーリを乗り回して遊びまわることは出来なくなるだろう。しかし1億あればそれなりの生活はできる。今の事務所から離れてほかで開業するんだったら邪魔しない。お前の事務所は当面俺の弁護士に管理させる。そのうちに誰か真っ当な税理士を捜して後釜に据えるさ。」
「あんたはそんなふうにして稼ぐつもりだろうが、突然そう言われても納得出来ない。」
「俺はこの件で稼ぐ気はない。この街で税理士風情が悪さをするのが気に入らないだけだ。」
「私が応じなければあんたの方だって困るんだろう。」
「破滅するか金を受け取るか、どっちかだ。」
小野は苦悩した。
解説
序盤の主な登場人物は、ナオミ (遺産相続人)、優一(税理士)、J ( 優一の友人)です。
Jはヤクザの世界で頭角を現し、優一は大学を出て税理士になりますが二人の関係は途絶えることなく続いています。
優一の願いを引き受けたJは、豊富な顧客を持つ税理士事務所の獲得に乗り出します。
・・・To be continued・・・