横浜物語

横浜物語-7

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横浜物語-7 (穏やかな横浜港)横浜物語(悪魔のロマンス)-7

Jの腕は良かった。
短竿に木製リールを付けただけの「ふかせ釣り」は、防波堤の際のギリギリを不自然に見せないように貝や子蟹を漂わせて魚に喰いつかせる手腕と、固い餌をかみ砕こうとする魚を的確に針がかりさせ、更には岸壁の隙間や底の根に潜ろうと必死に暴れる相手を上手にいなして引き上げる腕を要するが、年配のベテランでも難しいこの釣りをJは器用にこなした。

積極的に獲物を狙いに行く「ふかせ釣り」に比べると電気ウキの釣りはさほど技量の要らない「待ちの釣り」だったので、あまり器用ではない優一でも運が良ければ釣果を上げることが出来た。

優一は、魚がかかって電気ウキが海に沈んで行く際、その周辺が一瞬だけおぼろ月のように広く輝き、その後柔らかい光を放ちながら海に消えて行くのを見るのが好きだった。

「無理かもしれないけど、消えてしまってもいいから一瞬でも輝くような人生を送ってみたい。」
優一がそう言うと、Jは、
「輝きは・・・自分で探して掴むしかない。」
と言った。

優一のウキがゆっくりと沈み、明かりは次第に鈍くなってやがて全く見えなくなった。
驚いた優一が、竿をあおって針がかりさせようとするその前に竿先が強く引き込まれた。

「大きい!」
道糸が引き出されてリールのドラグがギリギリと音を立てる。
引き伸ばされた糸の先の暗い海を大きな魚がジャンプするのが分かった。

「鱸だ!メートル級だ!」
リールに巻かれる道糸と針とをつなぐハリスは細く、強引なやり取りは出来ない。

優一は、魚に引かれ防波堤を右往左往した。
20分程して漸く魚が弱り、岸壁近くに引き寄せたのをJが大きなタモ網で掬い上げた。

月明りに照らされた銀鱗が鮮やかに光っている。
「凄いな。」
「こんなの初めてだ。まだ腕が震えている。」

「これ、どうする?」
「春から初夏にかけてが旬の魚だから、今なら美味しいだろうけど、有難うと言ってリリースするよ。」

そう話す二人のところに、三人の男達が寄って来て、そのうちの大柄な一人が因縁を付けてきた。
「兄ちゃん、お前の大立ち回りで大潮の最高の時合を邪魔されて俺たちは釣果なしだ。どうしてくれる。」

「どうしたら良いんですか。」
優一に代わってJがそう尋ねると、男は、

「邪魔した迷惑料だ。気分直しの飲み代として1万出せ。」
と乱暴に言い放った。

「釣り場でこんなことはお互い様じゃないですか。そんな金はない。」
そう答えると、
「お前に聞いていない。金を出さないならこいつを絞める。」
と言って優一を指差した。

突然の放埓な言い方に、状況を眺めていた周囲の釣り人達は黙ったままだった。
「お前らに出す金はない。俺が相手になる。」
Jはそう言って優一の前に立った。

「良い度胸だ。」
相手はそう言ってJに向かった。

Jは無抵抗だった。
しばらく殴る蹴るされた後、見かねた数人の釣り人が止めに入った。

「これからは生意気な口を聞くんじゃねえ。」
唇から血を流したままのJは、黙ったままだった。

やがて渡船が迎えに来て港に戻った。
優一は、不思議に思った。
(何故手を出さなかったんだろう。相手が多少大柄とはいえ、喧嘩はお手のもののはずだ。それともさすがにビビったのかな。)

Jは相手の顔も見ず、帰り支度を始めたが帰りがけに乗船名簿をじっと見ていた。
連れだって帰る際、優一は聞いてみた。

「どうして我慢してやられてたの?」
「優、お前はこういうところは素人だ。あんな防波堤の上で喧嘩する馬鹿はいない。勝てると思っても一つ間違ったら大参事になるし、お前を危険な目に会わせるかも知れない。」

「でもこれからはあの場所に行きにくくなるね。折角大物と出会えたのに。」
「そんなことはない。」

「どうして? 奴らとまた出会ったら嫌じゃないか。」
「もう会うことはない。」

翌日、通りを歩いていた男の前にJが立った。
「昨日は世話になったな。」

「お前、またやられたいのか?」
「いや、一言言いたいだけだ。お前のような奴に釣りをする資格はない。」

「俺を本気で怒らせる気か。」
男はそう言うとJの頬を張った。

その瞬間、男の後ろからシャッター音が聞こえた。
「撮れました。」

カメラを手にした少年がそう言いながら、今度は男の正面からシャッターを切った。
「防波堤の上では大事な友達の身に危険が及ぶかも知れないと思って我慢した。今はお前が先に手を出してくれたおかげで正当防衛だ。」

公園の陰で男は無残な目に会った。
「もう勘弁してくれ。」
「落とし前を付けろ。」

「幾らだ?」
「お前から金を取ったら恐喝になる。金は要らない。釣りを止めろ。」

「分かった。」
「証拠を出せ。」

「どういうことだ?」
「お前の釣り道具を全部処分する。今からお前の家に行こうか。」

思いがけない言い方に男はぞっとした。
(こいつ何者だ?大人にこんな言い方をするガキはいない。)

Jはそのまま連れ立ってその男の家に赴き、一緒に部屋に入って釣り道具を確保すると持ち帰って全て処分した。

解説
序盤の主な登場人物は、ナオミ (遺産相続人)、優一(税理士)、J ( 優一の友人)です。
今回も J と優一の馴れ初めの頃のお話です。
Jは優一に危害を加えようとした男から優一を体を張って守り、その後きっちりと落とし前をつけます。

・・・To be continued・・・

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