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横浜物語-26

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横浜物語-26【夏の瑞々しさ(長野県白馬村)
横浜物語(悪魔のロマンス)-26
「あの人に不義理したな。」
法廷を出た後、Jが言った。

「背に腹は代えられない。」
「裏切るのは良い。ちゃんと計算してやるなら。」

「随分考えた。」
「頭だけの損得じゃだめだ。お前が失うものを計算に入れたか。」

「色々考えたさ。あんただって非情の世界に生きてるじゃないか。」
「俺が稼業で有象無象の奴らにあたるのとは訳が違う。お前は自分に出来ないことをしようとしている。」

「あの人と縁を切ることと失うかも知れないものを秤にかけた。なんの言い分もなくただ自分が脱税を主導したで終わったら、今後税理士では生きていけない。」
「思惑どおりになったとして、それで今後、自分自身のバランスが取れるか?」

「どういうこと?」
「お前自身が、ブレずに今までどおりやっていけるかということだ。」

「そんなことまで考えてない。今は何を優先して対処するかだけだ。」
「・・そうか。」

その夕方、ナオミを一人の男が訪ねた。
「あんな流れになってしまって、なんとも申し訳ない。」
「いいの。あの子はあんたみたいに強くないから。」

「これからの裁判どうしますか?」
「どうするもこうするもないわ。結果は分かってるから。」

「弁護士が要るでしょう。」
「夫の友達に頼むわ。」

「何故、優の提案に乗ったんですか。」
「あの子が自分だけで考えたプランだったからなの。あんなこと言い出すとは思いもよらなかった。脱税のプランを持ちかけて来たときの彼は、生き生きとした表情をしてたわ。子供から男の顔に変ってたの。」

「こうなるのを覚悟していたんですか。」
「正直ばれないと思ってた。でも調査官の方が優一君より二枚も三枚も上手だった。運が悪かったの。」

「うちの弁護士が、有罪の可能性が高いと言ってました。」
「違うわ。100パーセント有罪よ。問題は執行猶予がつくかどうかだけど、金額が大きいから恐らく実刑よ。」

「実刑だったらどうするんですか。」
「控訴なんかしないわ。そうなったら妹の形見の本差し入れてね。刑務所は嫌だけど、トーマス・マンの本は読みごたえがありそうだから、1年かそこらすぐに過ぎちゃうわ。」

「本当に申し訳ない。」
「あなたに責任はないわ。優一君の提案を受け入れたのは私よ。ところで、これからも優一君を支えるつもり?」

「母の遺言ですから。」
「妹のことは別として、あなた自身の生き方として、今後も彼を支えるの?」

「俺は母の思い出と生きています。その母が亡くなる間際に俺に託したことですから。」
「そう。あなたにいつまでも思われて純子は幸せね。」

「・・・」
「純子はあなたに持てる限りの愛情を降り注いだものね。私のことは気にしなくていいわ。火遊びした責任位は自分で取らなくちゃ。」

「伯母さんならそう言うと思っていました。ひとつ聞いていいですか。」
「何かしら。」

「あの調査官のこと。あの男を前から知っていたんじゃないですか?」
「どうして?」

「何となくだけどそんな気がしていました。それに俺のことも知っていた。」
「図星よ。夫の妹の子なの。でも彼にあなたのことを話したことはないわ。」

「役人にしては切れすぎる。」
「ちょっとあなたに似ているの。」

「どんな風にですか?」
「父親に早く死なれて母子二人の暮らしだったの。母親が病気で入院した時、夫が引き取って姓も深田に変えて一緒に暮らしたこともあったわ。夫は、彼さえよければ養子にする気だったの。」

「そうだったのか。」
「でも母親が亡くなって間もなく高校を卒業すると家を出て行った。その後苦学して大学を出て税務署の調査官になったの。」

「伯母さん達に世話になったそれも親戚の奴が、どうして伯母さんを厳しく調べるんですか。」
「あの子の母親が彼をそう導いたの。彼女は自分で働ける限り夫の援助も断っていたわ。具合が悪くても休まず働くような人だったの。」

「金持ちの伯母さん達がいたのに、何故そんなに頑張ったんだ?」
「彼女の信念は『真面目に働いて正直に生きる』だったわ。その彼女が過労で倒れて入院したとき、やっと言ったの。『もう働こうにも体が動かない。後は神様の思し召し。』だって。」

「そういう言い方だと伯母さんと同じキリスト教の人ですか?」
「そうよ。お葬式の時彼はこう言ったの。『母は、神様から頂いた人生を真面目に正しく生きた。僕もそれを受け継いで生きる』って。」

「・・・」
「束縛を嫌って結婚もせず、あなた一人を育てながらも自由奔放に生きた純子とは、まるでタイプが違うけれど、妥協を拒んで自分の思う通りに生きたところは一緒なの。たとえ親戚でも間違いがあれば、それを正すのが自分の役割だと思ってるわ。彼の根っこもあなたと同じく母親よ。」

「やりにくい奴だな。」
「どちらも身内でしょう。だから黙って見守ったの。」

「優が負けると思ったんじゃないんですか。」
「優一君がプランを考えて真剣に私を口説きにかかったとき、この子は成功するかも知れないと思った。でも調査にやって来た甥が契約書に触れようとした時、しばらく躊躇した後手袋をはめたの。その時この子は本物だと思った。これじゃ頭だけで考えている優一君はかなわないと思った。」

「いずれ優は全てを受け入れて責任をとるしかない。そしたら一からやり直しをさせる。」
「お願いするわ。」

「それに、そろそろ俺達のことを話さなくちゃならない。」
「そうね。ところであなた、あの査察官気にならない?」

「どうして?」
「少し純子に似てる気がする。」

「・・・」
「甥の方は優秀だけど真面目一筋よ。でもあの査察官は自分をさらけ出して体当たりで人の気持ちを掴みにくるようなところがあるの。余韻が残る子よ。」

「よく分からないが、そんな気がしないでもない。」
「彼女に質問されてるの。」

「何を?」
「あなたや優一君との関係。」

「なんて言った?」
「今は話せないって言ったわ。でもいつか話すかもしれない。」

「その女は他人だ。先に俺達の間でけじめをつけなきゃならない。」
「そうね。」

解説
裁判の後Jは優一にナオミを裏切った理由を尋ね、その夕方ナオミを訪ねます。

・・・To be continued・・・

 

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