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横浜物語-22

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横浜物語-22【称名寺の門(横浜市金沢区)

横浜物語(悪魔のロマンス)-22
夜半、山下町のマンションに戻った優一は憔悴しきっていた。
否認は通したものの、国税局の取調室で繰り返し厳しい追及を受けた。

マンションと2つの事務所の捜索も徹底して行われていた。
固定電話が鳴った。
「スマホも取られたのか」。」
Jからだった。

「みんな持って行かれた。」
「優、肝心の相続人とは連絡を取ったか。」

「深田さんは黙秘したまま、後日話しますって言ったらしい。」
「疲れている暇はないぞ。明日一番でその人と会ってきちんと仁義を切れ。」

「疲れた。飲みに行きたい。」
「駄目だ。恐らくお前も俺も見張られている。今が頑張りどころだ。」

翌朝、優一はナオミを尋ねた。
「昨日は私の手違いから色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
優一が謝るとナオミは、
「昨日は本当に驚きました。私が国税局の方々から何を聞かれても黙っていたのは、あなたにきちんと断ってから事実をありのまま申し上げようと思ったからです。」
と言った。

「小母さん、今後は何を聞かれても何も知らなかったと言って下さい。この件は僕と亡くなった小父さんとだけの話ということで。」
「嘘は付きたくありません。」

「しばらくの間だけです。いずれ収まりますから。」
ナオミは何か言いたそうだったが、優一が遮った。
「僕に任せて下さい。きっとうまくいきます。」

その夜、対策会議が開かれた。
「相続人の状況はどうでしたか。」
「昨日は黙秘したようですが、自供は時間の問題です。」
弁護士の問いに優一が答えた。

「そうすると正当な申告だという主張はもはや無理ですな。」
「どうしたらいいでしょうか。」

「無傷で済むことはないでしょう。告発されて裁判を受ける覚悟だけはしておいてください。その上で申し上げるが、偽装工作に基づく評価だったとはいえ、財産評価という行為が刑事事件にはなじまないと強く主張する必要があります。租税法学会の学者に意見書を書いてもらいましょう。」
「そんなこと可能でしょうか。」

「国税庁は、財産評価の方法の細部については、法律ではなく通達に書いていますね。」
「はい、通達は本来行政内部の文書ですが、財産評価の通達などは公開されています。」

「その通達がなければ税務の行政は回らないですよね。」
「そうだと思います。法律で表現されていない細かな部分は、通達を見ないと分かりません。」

「そこなんです。学者の中には国税の通達行政を法律から乖離した行政の勝手なルールだと考えて反発している者もいるようです。実態にそぐわない通達を批判する良い機会と捉えて意見書を書いてくれる学者を探すのはあまり難しくないと思います。」
「法律至上主義のガリガリの左派の意見書でしたら逆に印象が悪くなりませんか。」

「いや、私もその後勉強しましたが、非上場会社の少数株主の株式評価には色んな意見があるようです。要するに色々な学者から様々な評価方法があると主張してもらい、評価における意見の相違は脱税事件にはなじまないと強く主張するのです。」
「そうしていただければ有り難い限りです。」

「今回のケースでも持株割合が30パーセント以上と未満の場合で評価額があまりにも違いすぎる。30パーセントを境に、それ未満なら納税者は天国、それ以上なら納税者は地獄です。私は一法律家としてもこのルールは不合理だと思っています。」
「私もそう思います。30パーセントの株主と29パーセントの株主とでは雲泥の差です。」

「勿論、これだけで勝てる保証はありません。」
「私の偽装工作が追及されるからですか?」

「あなたがした偽装工作は、脱税が成立するという前提に立てば、あなたにとってかなり致命的な行為です。」
「私もそう思います。」

「しかし、私達は、そもそも本件自体が脱税で裁かれる案件ではないと主張しようとしています。この点で学者を動員して財産評価手法の不合理性を訴えればある程度の心証は得られると思います。」
「そうあって欲しいと思います。」

「しかしそれでもやはり当方の主張には大きな欠陥があるのです。」
「どんな欠陥ですか?」

「ミラノ旅行社の株式、確かに非上場ですが、大手の旅行会社からすれば大変魅力的な株じゃないでしょうか?」
「傘下に収めたいと考えている会社は多いと思います。」

「そうすると、例え5パーセントでも10パーセントでも喉から手が出るほど欲しいはずなんです。会社法では、3パーセント以上所有していれば会社帳簿を閲覧する権利を有し、また職務執行に問題があるとされる役員解任の訴えを提起することができます。さらに10パーセント以上であれば会社解散の訴えを提起することができるのです。つまり多少なりともまとまった単位を所有すれば、経営陣に揺さぶりをかけることが可能なのです。」
「おっしゃるとおりです。」

「そこが問題なんです。私も知り合いに尋ねてみましたが、ミラノ旅行社の株式なら少数の株式でも純資産の評価額を上回る価格で売却できる可能性が高いとのここです。」
「確かに銀行借入の担保に入れた時もかなりの評価をしてくれました。」

「銀行はバランスシートに基づく評価ともに、株式の売却可能性についても十分検討しているはずです。そうすると、評価手法の論争以前に、元々高価な財産を安く評価しただけと指摘される可能性があります。」
「勝つ可能性はありますか?」

「正直、五分五分です。」
「五分五分ですか。ベテランの弁護士先生がそう言うんだったら本当はもっと危ないんでしょうね。」

そう言って俯いた優一を横目にJが弁護士に訊ねた。
「先生、違う策はないのか。」
「ないわけでもないが、村上さん次第です。」

解説
査察を受けた優一達は、対策会議を開きます。
単なる法律論争だけでは結果が危ぶまれると察したJは、弁護士に他の方策はないか尋ねます。

・・・To be continued・・・

 

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