横浜物語-17【あやめ】
横浜物語(悪魔のロマンス)-17
落胆して帰宅した夜、妻から告げられた。
「子供が出来たみたい。」
「本当か。」
「間違いないと思います。明日婦人科に行ってきます。」
「分かった。僕も仕事を休んで一緒に行くよ。」
「ありがとう。あなた、この頃少し別人みたいだったけど、そろそろ私に戻ってくれる。」
何も言わなかったが妻は気付いているようだった。
「・・・高校の同窓生から相談を受けていた。」
「女の人ね。」
「居なくなった。」
「分かったわ。これからは出来るだけ家で過ごしてね。」
「うん。」
「二人で最初に観た映画のこと覚えている?軍人と看護師のカップルが戦場から逃れて中立国のスイスに向かうの。」
「ヘミングウェイが書いた“武器よさらば”だね。」
「愛し合う二人が、新しい人生を求めて湖をボートで進むロマン溢れる映画よ。でも私はキャサリンみたいにはならないわ。」
キャサリンは、恋人とともに戦地からの逃避行に成功するが、スイスで出産する際に難産で死んでしまう。妻は体が弱かった。
「当たり前だ。ヘミングウェイの小説みたいになってたまるか。」
難産で、出産直前に大量の出血をみた。病室での妻は疲れ果てていた。
「私どうなるか分からない。赤ちゃんをお願いします。」
「君と僕から一字ずつ取って優司と名付ける。」
「ありがとう。私の名前が残るのね。」
しかし、胎児の命は尽き、妻も帰らぬ人となった。やがて愛媛にある司朗の菩提寺の墓に妻の戒名が刻まれた。その脇には優司の名があった。
ほどなくして純子から連絡があった。
「夢を呉れてありがとう。」
「生まれたのか。」
「うん。」
「おめでとう。」
司朗は妻が身ごもり、その後母子ともに亡くなったことを告げた。
「・・・ご愁傷様。」
「一緒に暮らさないか。」
「あなたと生きる道は別々なの。」
「子供は認知する。」
「嫌よ。でも一人はそうして。」
「どういうことだ。」
「双子なの。」
「えっ!君どうやって育てるつもりだ。」
「ひとりだけなら、なんとかなるわ。」
「せっかく2人で生まれてきたんだ。離して育てるべきじゃない。」
「私みたいに騒がしいのと、あなたのように大人しいのになっちゃった。うるさい方が私の子よ。」
「僕と暮らそう。」
「それは駄目。我儘は承知よ。」
「どうしてもか。」
「あなたは嫌いじゃないけど、私に真面目な税理士さんの奥さんはできないわ。普通の主婦が夕飯の支度をする頃、私は黄昏と向かいながら煙草を吸って水割りを舐めていたい。夫婦ごっこをするために自分の時間を使いたくないの。」
司朗は、引き取った子供に優一と名付け育てることにした。そのことを告げると純子は、「あなたの子よ。あなたの好きにすればいいじゃない。」と言い、司朗には自分の子供の名前すら告げなかった。
「今どこに居るんだ。」
「弁天町に小さな部屋を借りてるの。そこが私と子供の住処。でも絶対に来ないで。」
「僕の血も引いてるんだろう。会いたい。」
「駄目よ。」
純子は、子供との面会をかたくなに拒んだ。
「あなたとは終了よ。あなたのロマンスの相手は女の悪魔だったの。悪いけど悪魔の子供をお願いね。」
「・・・」
それ以降、純子と司朗が会うことはなかった。
解説
今回も、解説なしです。
・・・To be continued・・・