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福岡物語-7【飲泉に最高

福岡物語(居場所を求めて)-7

「多田隈さんにとっては、この温泉が一番ですか。」
「身内の温泉やし、そうだと言いたいところだが、俺の一番の温泉はあの山の向こうにある。」

「どこですか。」
「阿蘇の小国町、杖立温泉だ。温泉自慢で、毎日風呂の手入れを欠かさないここの爺さんも、そこだけは認めとる。ここのは山が濾過して清水のようになった泉質だ。飲泉に適しとって体に優しい。ところが杖立は高温の源泉そのものでありながら、絹のように滑らかで飲んでも美味い。俺にとっては究極の温泉だ。」

「行ってみたいですね。」
「いつか皆で行きたいな。」

「いずれにしろ、大分や熊本の山中の温泉はいずれも名湯揃いだ。」
「しかし他の温泉場の人達が聞いたら怒りますよ。海沿いの別府だって有名じゃないですか。」

「別府は鉄分や硫黄分を多く含んだ温泉だ。焼酎の割り水には向かん。」
「温泉って言ったら、九州ではまず別府やないですか。」

「確かにな。実際湧出量も温泉の箇所もずば抜けとるし、無論入れば気持ち良い。しかし俺位の年になると、力強い温泉よりも、なんというかこう、すらりとさわやかな温泉の方が良くなる。」

「なんとなく分かる気がします。」
「別府とか関東で名高い草津は激しい機関車のような温泉だ。湯治や病気治しには良いかもしらんが、俺には繊細なここみたいなのが合っとる。」

「激しい女よりさらりと優しい方ですか。」
「まあ、そうやな。」

「仕事では極めつけの硬派ですが温泉では軟派なんですね。」
「馬鹿を言うな。」

「ところで、小百合が何で連れて行かなかったと怒るでしょうね。」
小百合は、捜査班に入りたての唯一の女性査察官である。

小柄で浅黒く、南方系の顔立ちをしている。
決して美人ではないが、表情が豊かで明るく快活な女性だった。
多田隈は黒木の下に付けたが、口が悪く頑固な黒木の下でめげずに頑張っている。

「女子を遅くまで使うと俺が叱られるんだ。さっさと帰れ。」
黒木がそう言うと、小百合は、
「うちだけ帰して、飲みに行くっちゃないと。」と言い返した。

小百合は、仲間外れを嫌がった。
「サユリと言うより、小姑みたいにうるさいけんコユリやな。」
「それは可哀想だ。大事にしてやれ。意外とモノになるかもしらん。」

「分かってます。下手な男よりも物怖じせんし根性もある。」
「うまく育ててやれ。」
「はい。」

「女査察官として一人前にするだけやない。」
「ほかになんかありますか。」

「男が出来てやがて結婚しても、本人が望むなら捜査班をやらせろ。」
「それは無理でしょう。うちは九時五時の仕事じゃないですけん。」

「いずれそうも言っておれんようになる。おなごが働ける領域を生み出せん職種のままでは、捜査班自体が世間から認めてもらえんようになるだろう。」
「そんなこと言っても、相手呼び出してガンガン追及している最中に、子供の晩御飯作らないかんから帰りますと言われても困りますよ。」

「やり方次第だ。事件の時は時間無制限、他の日は定時とかメリハリ付けてやれ。」
「まあ、あいつに男でも出来たら考えましょう。今のところめげずに頑張っとるし、まあ温泉に例えたら繊細な方やなくて塩湯か硫黄泉の方ですな。」

多田隈は苦笑した。
「ところで、ひとつ聞いていいか。」
「何ですか。」

「あの女はどっちだ。」
誰を指しているのか分かったが、黒木はあえて雑ぜ返した。

「うちのは両方です。優しくて激しい。多田隈さんのとこはいかがですか。」
「ちゃんと答えろ。」

「・・・難しいですね。」
「お前の感覚でいい。」

「そうですね。外見は白百合のように凛として美しい。しかし中身は別ですね。激しさとかじゃなくて、もっと深いところに何かがある気がします。」

「そうか。」
「今度の水曜やったな。」
「そうです。」

壁にぶち当たっている事件の切り口になるかもしれない女の話だった。
黒木は、伊保が言っていた石垣島の白百合を思い浮かべた。
(馴れると病みつきになるとかいう石垣の白百合。あの関門の白百合は俺を受け入れるやろうか。それとも・・・)

「時間は気にせんでいい。思うぞんぶんやれ。」
「そんなこと言っていいんですか。」

「かまわん。元々そのつもりだった。」
「・・有難うございます。」

解説
これまでの温泉旅行を通じて捜査班のメンバーの人柄を紹介しました。
次回から、被疑者側の人物像を描いていきます。

序盤の主な登場人物は、多田隈(脱税捜査班のリーダー)、黒木(脱税事件の担当者)、松尾(黒木の後輩)、伊保(黒木と松尾の後輩)です。

・・・To be continued(次回は今週末頃から掲載します。)・・・

 

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