福岡物語

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福岡物語-51【杖立温泉
杖立温泉(熊本県阿蘇郡小国町)

福岡物語(居場所を求めて)-51
多田隈が運転する車は、熊本市街地から雄大な阿蘇山外輪山の北側を通り抜け、やがて小国町の温泉街に入った。

「ここは、弘法大師ゆかりの有り難い温泉でな。その昔杖を頼りに温泉に来た人が温泉を出る時には杖を立てかけたままにして帰れるようになったので、杖立温泉と呼ばれとる。源泉九八度の薫り高い泉質は九州随一だ。」

「真ちゃん、一風呂浴びてからゆっくり飲もう。」
「有り難い。」

多田隈は二人に、
「わしは後で入るから、二人でゆっくり入って来い。」
と言った。

湯上りの二人に多田隈は、
「会わせたい人がいる。」
と言って、配膳の済んだ座敷に通した。

龍雄が座っていた。
岩佐は、その顔をまじまじと覗き込んで言った。

「龍ちゃん!」
そう言ったきり、その後はしばらく言葉にならなかった。

「偉そうに迎える立場じゃないが、・・待っとった。」
龍雄がやっとそれだけ言った。

「俺達も入っていいかな。」
黒木と友紀だった。

「色々あったが、あれこれ関係した皆で飲むのが一番だ。」
多田隈は、そう言うと、黒木を岩佐の差し向いに座らせた。

黒木が注ぎ、岩佐が受けた。
「怖いお人からの酒じゃ。有り難くいただく。」

「ここにいる皆似たようなもんだ。怒らしたら誰が一番激しいと思う?」
「分からん・・。」

「そこの紅一点よ。多分酒も一番やろう。俺もかなわん。」
「龍ちゃんの姉さんの忘れ形見が凄いことになったな。」

「このままだと、嫁に行けんかもしれん。」黒木がそう言うと、友紀は、
「ここの誰かがこれと見込んだ人連れて来てくれたら考えても良いわ。」
と茶化した。

多田隈が、
「杖立に来たのには理由がある。」
と言った。

「この杖立は、庸一さんのお母さんが暮らしているところだ。庸一さんは、友紀ちゃんが一人立ちした今、ここで小さな温泉宿を開きたいらしい。」
「うちは、聞いとらんけど。」

「庸一さんは思慮深い人だ。一人娘と親と、そして、今日ここにいる皆が幸せになれるようにずっと考えておられた。」
多田隈は、礼子の葬儀に赴いて以降、庸一と親交があった。
友紀が国税の職を希望した際には、庸一が多田隈を訪ねて相談したこともあった。

「提案だが、みんなで温泉宿をやらんか。」
「どういうことですか。」岩佐が畏まって尋ねると、

「庸一さんと俺は少々まとまった金を出資する。黒木も出す。後は、あの時残した金があるだろう。税金事件も既に時効だし、元々あんた方の金だ。」
「あの金は、龍ちゃんの墓代にして、残りは友紀ちゃんに渡すつもりだった。」

岩佐がそう言うと、
「できたらその一部を出資してな、株主兼従業員としてここで一緒に働くんだ。わしもそろそろ、今の事務所を海老原に返そうと思っとる。そしたら丸田君はともかく、岩佐君に事務仕事は合わんやろうし、温泉旅館の仕事やったら丁度よかろうと思ってな。」

「俺は働けるんか。」
と岩佐が言うと、多田隈が、
「そうだ。庸一さんのお母さん、庸一さん、わし、それと龍雄君とあんたが実働部隊だ。」

「有難いことじゃが、大したことはできんぞ。」
「昨日まで、木工やっとったろう。それが役立つ。」
熊本刑務所は、同一作業に長期間従事する長期受刑者が多く、そこで制作される木工品は、品質が良く矯正展等においても評価が高かった。

「木工品、竹製品、炭石鹸、きちんと作れば良い土産品になる。」
「そんなこと言っても、ここは狭い温泉場やないの。いつか仕事に飽きるかもしれんよ。」

友紀がそう言うと、
「ほかで仕事をしたくなったらそれはそれで良いと思う。いつでも戻って来れる拠り所を作るんだ。」

異を唱える者はいなかった。
岩佐が黒木に聞いた。
「俺と一緒で良いんか。」
「良いも悪いもあるか。裁判で言った通りだ。いずれ俺たちは一緒になる。」

「ガキの頃、胸糞悪い日本の奴らを絞めとったぜ。」
「俺もあんたらとよう喧嘩した。一度頭突きを食らって気絶したことがある。」

「俺達が頭突きをやるのは、頭が固いからやない。負けたくないからじゃ。」
「分かっとる。・・・あん時は俺も言い過ぎた。」

「あんたのように真正面から言ってきたやつは初めてじゃ。」
「後先考えんで思ったことを全部言うたちでな。」

「あの後ずっとあんたのことが気になっとった。」
「多田隈さんのおかげでこうして会えた。」

「腹は直ったんか?」
「見せちゃろう。」

黒木はそう言って浴衣をはだけた。
「痕がない。よう分からんばい。」
「刺し方が上手かったんやろう。俺の田舎は大刀洗だがいつの間にやら傷の方が綺麗に洗われとった。」

黒木がそう言って笑うと、岩佐は、
「すまんかった。」と頭を下げた。

多田隈が、
「終わったことは大概にせい。」
と言って黒木と入れ替わり岩佐と差し向いになった。

龍雄に酒を注ぎながら黒木が聞いた。
「よく助かったな。」
「自分を終わらそうと覚悟して飛び込んだが、姉ちゃんがまだ死なせんかった。」

「その後は実際どうしとったんか。」
「どこにも行くとこないじゃろ。拾ってくれた船会社でそのまま働いとった。」

「言葉は分かるんか。」
「最初はほとんど分からんかった。だが身振り手振りでなんとかなった。」

「船会社の人達は良い人達やったみたいじゃな。」
「一緒に働いた人間は皆良い奴らだった。あんたが俺達を調査する少し前に、親の郷里の済州島に行ったことがあった。その時の向こうの人間は『お前はよそ者じゃ』という目線やった。ところが、俺を拾った運搬船の連中は、どうしていいか分からん俺に、余計なことは何も聞かずに、片言の出来る奴を介して、他に行くところがなければ働いていいと言ってくれた。」

「そうか。その人達は、あんた自身から何かを感じ取ってそうしたんやろうな。」
「まともな会話は出来なかったが、初めて受け入れてもらったと思った。そしたら今更日本に帰れんし、そのままそこで生きるしかないと思った。」

「それまでの取引相手とか知っとる人間もいるだろうに、そういう誰かに声をかけんかったんか。」
「ケリをつけようとしてし損なった男がそんな気持ちになれると思うか。何も考えんで船で働いとったらあっという間に八年経った。」

「そうやったんか。」
「しかし、まさか友紀があんたの部下とはな。姉ちゃんの墓で二人を見た時はびっくりしたぞ。」

「俺も友紀が、国税のそれもマルサを志願してきた時は驚いた。」
「姉ちゃんから受け継いだ血がそうさせたのかも知れん。」

「時の経つのは早い。こっちもあっという間の八年やった。これからどうするか何か考えとったか。」
「今は林田さんの所に居候じゃ。いつまでもそういうわけにはいかんじゃろうがな。」

「いずれこの町に住むことになる。」
「有り難い話だが、・・・俺も住めるかな。」
龍雄の表情が少し寂しげに見えた。

「話は変わるが、うなぎってなんや。」

「なんのことだ。」
「あんたが刑務所で書いた日記に、ウナギの話が面白かったとあった。」

突然、龍雄が笑い出した。岩佐も笑った。
「黒木さん、あん時、俺はプロじゃとか偉そうに言うとったのう。」
多田隈も笑っていた。

「多田隈さん、何のことか知っとった?」
「まあな。」

「教えてくれんやったと。」
「プロなら自分で調べるか、察知するもんじゃろう。」

友紀も微笑んでいた。
「お前も笑うとや?」
「職場では、皆怖がっとる黒木さんが慌てとるけん、・・・でもうちも分かっとたよ。大学のときには。」

「なんでや。」
「龍叔父のノート、あの日学校に持って行った鞄に入っとった。だからあの日、みんな、大事な証拠品を見落としとるんよ。うちは学校で読んだ。」

「お前読んどったんか!」
「だって、お母ちゃんがわざわざうちの鞄に入れたっちゃけん、気になって見るのが当然やろ。」

「ウナギの話は、大学で勉強した時、消費税の判例にあった。」
「うなぎの脱税やら聞いたことがないが。」

「ただのウナギじゃないわ。シラスウナギの輸出を騙った事件よ。」
「・・・あの事件か?」

「そうよ。輸出免税制度を利用した不正還付事件を参考にして頭の良い丸田さんが考えたんよ。本人には聞いとらんけど。」
丸田がバツの悪そうな顔をした。
「そのとおりです。」

解説
シラスウナギは、ニホンウナギの稚魚で取引価格はかつて1キロあたり200~300万円ほどしていました。最近は価格が下がってきましたがそれでも1キロ100万円ほどします。
浜名湖のウナギ稚魚数が昨年比4.2倍 過去10年間で最多数に期待 | TSURINEWS

・・・次回が最終回となります・・・

 

 

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