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福岡物語-43

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福岡物語-43

福岡物語-43【川平湾(石垣島)
福岡物語(居場所を求めて)-43
その夜、黒木は小百合と友紀を連れて次郎丸に行った。

「小百合、驚いたか。」
「担当って言われた時は震えました。今も少し緊張しています。」

「友紀は?」
「私はいつの日か担当者にさせてもらうつもりでした。その日がこんなに早く来るとは思いませんでした。」

友紀は思っていた。
(事件の担当者にならなければ、母と黒木さんがどんな気持ちで相対していたのか分からん。早く事件を持ってみたい。)
「そうか。頼もしいな。」

「小百合、お前は事件の着手日と被疑者を呼び出しとるときは時間無制限で良いが、ほかの日は定時に帰って旦那と子供の飯を作れ。」
「そうはいかんよ。半年か一年主人と家事を交代してもらって、友紀と一緒にやります。」

「駄目だ。俺が言ったやり方を通すんだ。そうやないとお前を担当者にした本当の意味がない。子持ちの主婦がメリハリつけて査察事件をやり通すところを皆に見せてやれ。」
「でも友紀が可哀想や。」

「大丈夫だ。友紀が残っとるうちは俺も帰らん。恐らく松尾達もそうだろう。これが多田隈イズムの黒木方式だ。」
「小百合さん、頑張りましょう。家庭も仕事も。」

「言っとくが、友紀も結婚したら小百合と同じだ。しかしお前は顔は優しいが親譲りで芯が強いからのう。似合いそうな男が出てくるかどうか心配だ。」
「そんなことないわ。友紀は美人だから引く手あまたよ。」

松尾と伊保が店に入って来て、隣の席に座った。
「なんやお前ら。人が大事な話をしとるときに。」
「黒木さんのにやけた顔を覗きに来たんですよ。これ持ってきました。」
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伊保がそう言って差し出したのは『白百合』だった。

「親父さん、いつものよしみで悪いけど、この酒開けて飲んでいいかな。」
「よかよ。おなごさんもおらっしゃーけん、こっちもサービスするばい。アオリの良いのがあると。」

アオリイカは沿岸魚である。外海を回遊するヤリイカが透明感ある繊細な味わいなのに対して、アオリは弾力性に富みながらもねっとりとして甘く、料亭などでも高級食材として重宝されている。

「これが以前お前が言うとった石垣島の白百合か。」
「そうです。アオリイカの熟女のような味には持ってこいです。」

「伊保さん、嫌らしい言い方ね。」
「小百合、今度の事案考えたらそんなこと言っとれんぞ。」
松尾が神妙な面持ちでそう言った。

店主が人数分の小さなグラスとイカの造りを持ってきた。
「それじゃあ、小百合と友紀の婿取りに、乾杯!」

男性査察官が事件を持つことを「嫁を取る」という。
貰った嫁はスジの良い綺麗な事件の場合もあれば、スジが悪くて離縁となる場合もある。
小百合達は女なので、黒木は婿取りと言った。

「心配するな。一見出来の悪い婿でも、じっくり付き合うとだんだん良い婿になってくるもんだ。」
黒木はそう言いながら、奇妙な顔をして、
「ちょっと待て。」と言った。

「口の中がおかしい。この酒かび臭くないか。」
「俺もそう思う。伊保、この酒何か混じっとりゃせんか。」
松尾も怪訝な表情だった。

「これが石垣の白百合の味です。」
友紀が言った。
「お前、飲んだことあるんか。」

黒木が聞くと、
「大学を卒業する間際に父を旅行に誘ったんです。国税局に入ったら忙しくなると思ってたから。二人で石垣島の日航八重山に三泊して川平湾とか竹富島を巡りました。その時地元の人からホテルの傍に美味しい店があるって言われて行ったんです。お刺身、石垣牛、島野菜、全部飛び切り美味しかった。そこで白百合のカラカラを頼みました。」

「カラカラってなんだ。」
松尾が聞いた。
「注ぎ口がついた陶器で、泡盛がコップ一杯分位入ってるんです。」

「そん時、お前は、この酒を旨いと思ったか。」
「最初はかび臭くてびっくりしました。父が飲んでた別の泡盛に切り替えようとしたら、店の人が言うんです。しばらく飲んでるうちに、きっとはまりますよって。」

「それでどうなった。」
「その店は本当に料理が美味しかったから三日間続けて通いました。そしたら白百合の良さが分かって来たんです。」

「この酒のどこが良いんか。」
「独特の味と香りですけど、それは白百合の個性なんです。飲み慣れるにつれ、余韻が漂う奥行の深いお酒だと分かりました。」

「本当か。」
「慣れると癖になるお酒です。」

伊保が嬉しそうな顔をした。
「分かる奴には分かるんです。友紀ちゃん流石だ。」
「ふうん。ところでその美味かった店の名はなんちゅうんか。」

「MARUSAよ。」
「何、マルサだと?」
黒木が聞き返した。
マルサは国税局の査察の隠語である。

「そう、良い名前でしょう。」
「嘘やろう。」

「いや、本当らしいです。石垣出身の琉大の後輩も自慢してました。」
「そんなにうまい店があるんなら、今度の事件終わったら、泡落としに石垣島に行こうか。」

「松尾、しょうもないこと言うな。しかし石垣なら行ってもいいな。そん時は多田隈さんも誘うか。」
小百合が嬉しそうな顔をした。
「うちは家族みんなで行きたいわ。」

「それは良い。古城も是非連れてこい。」
「さて良い気分になった。この辺で締めよう。来週から忙しくなるぞ。」

着手前日の夜遅く、近田から黒木に連絡があった。
「ベントレーは二台とも駐車場にある。部屋も点灯しとる。」
近田の率いる内偵班は事件前日まで被疑者の動静を監視していた。
「ありがとう。張込みはもういいから解散しくれ。」

「了解。明日からは頼むぞ。」
「任せろ。」

解説
査察着手を目前に控えた黒木は、小百合と友紀を連れて次郎丸に行きます。

・・・To be continued・・・

 

 

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