福岡物語-35【ふわふわの卵焼き】
福岡物語(居場所を求めて)-35
土曜日の夕方、礼子は龍雄の好きな玉子焼きのほか、河豚の刺身まで用意して待っていてくれた。
龍雄が、
「姉ちゃん、電話でした話やけど、」
と切り出すと、礼子は、
「もう何も言わんでゆっくり食べり。」
と言って、酒を注いでくれた。
姉は優しかった。
(姉と二人きりの夕食・・昔は毎日のことだった。)
礼子と差し向いで酒を飲みながら、龍雄はしみじみと幸せを感じた。
(姉ちゃんを困らせることだけは出来ん。)
「美味しい?」
「姉ちゃんの料理は最高じゃ。」
そう答えた龍雄を見つめる礼子の目にうっすらと涙が浮かんでいた。
翌日、庸一が帰宅すると、礼子の姿が見えなかった。
寝室から友紀の声がした。
「お父ちゃん、お母ちゃんが!」
庸一が行くと、横たわっている礼子の意識はなく、周りに吐瀉物があった。
救急車を呼んだが、こと切れていることは明らかだった。
遺書があった。
「あなたと友紀を残して逝く身勝手な私をお許しください。こう言うと叱られるかもしれませんが、弟達がしていていたことは薄々分かっていました。国税局の捜査を受けてあなたにも友紀にも随分迷惑をかけましたが、なんとか無難に収まって弟達が将来にわたって生きる元手が出来ればと思っていました。でもそれは、女の浅知恵に過ぎませんでした。さらに、弟達は黒木さんを死ぬような目に会わせてしまいました。これは絶対に許されることではありません。
亡くなった両親に顔向けできないと弟を叱りました。でも、たった一人の弟をそれ以上責めることは出来ませんでした。そうであれば弟に代わって私が責任を取るしかありません。弟は、私が死んだと知れば、持っているお金を黒木さんに持って行くはずです。
あなたと一緒になれて幸せでした。どうか友紀をお願いします。お別れを前にして、我儘なお願いをさせてください。来世もまた娶って。」
死因は河豚毒だった。
白い可憐な花が、強い意志を持って、朝開くと夕べには必ず閉じる槿花のように、自ら人生を閉ざしてしまった。
訃報を聞いた龍雄は茫然とした。
どうしていいかわからず、夜半、関門の海に行った。
「一人になってしまった。」
黒く光る夜の波をいつまでも見ていた。
解説
礼子は、弟たちの責任を背負うかのように、ひとり自死します。
・・・To be continued・・・