福岡物語-34【福岡城址】
福岡物語(居場所を求めて)-34
(あの黒木さんが殺されそうになった。)
礼子は動揺した。
直ぐに龍雄に電話した。
「龍雄、刑務所に行くか、お金で終わる話やなかったんか。」
龍雄は無言だった。
「いいか。お父ちゃんとお母ちゃんは済州島の人じゃ。たとえ体は死んでも親とうちらは一緒ちゃ。その親にどう顔向けできるんか。親に顔向けできんことをしたら、うちらは、この世だけでなくあの世でも行き場がなくなるやないの。」
「俺はやれとは言っとらん。」
「そんな言い訳聞きとうない。あんた三人の頭やろ。」
「本当に知らんかったんだ。」
「知らんかったで済むか。龍雄が何もせんのやったら、うちが代わりに背負うよ。」
「姉ちゃん、何を言うんじゃ。」
「父ちゃんと母ちゃんがいないのだから、親に代わってお前の罪滅ぼし出来るのは、うちしかおらんじゃろう。人を殺そうとした以上もうお金は手に出来んよ。」
「岩ちゃんが出所した時金が要る。丸田にも渡さんといかん。三人の約束だ。」
「もうそんな約束は無いんよ。人を殺そうとしたら約束どころじゃないの。うちはね、お前のこれまでの苦労とか、それだけじゃなくてお父ちゃんやお母ちゃんが苦労した分までとか、そんなこと思ったら、龍雄達がすることを止める気は起きんかった。運よくお金儲けできたら良し、もし捕まったら日本で怒られるしかないと思っとった。だけどナイフで刺すのは全然違うんよ。」
「どう違うんや。」
「母ちゃんから聞かされたでしょう。四・三事件の後、島に残った大勢の人たちが警察や軍隊に殺されたって。そんな中で、うちらの親は島の人の助けでやっと逃げてきて、日本で地道に仕事して、自分たちは乱暴されても、我慢して人ひとり傷つけないで、うちらを育ててくれた。あんたらがしたことは、うちらの親が一番嫌っとったことじゃないか。人を刺してお金取るようなことは絶対許されんよ。」
礼子は厳しかった。
「今更俺が勝手に金を動かすわけにはいかん。もう後戻りは出来ん。」
「黒木さんを刺したのが棒引きになる位のことをせんと、うちらはどこにもおれんよ。」
「どうしろというんじゃ。」
「頭はあんたやろ。あんたが黒木さんと同じにならんといかんじゃろ。」
「俺に死ねと言うんか、姉ちゃん。」
礼子はしばし沈黙した。
「龍雄、たった一人の弟を死なせたいわけないやろ。・・でも誰かがきちんと責任取らんといかんじゃないの。早いうちに隠した金を黒木さんに届けて詫びなさい。そうせんと姉ちゃんは許さんよ。」
「みんなと相談するまで待ってくれ。」
電話先の礼子は、長い間無言だった。
やがてこう言った。
「あんた、今度の土曜日うちにおいで。旦那と友紀は熊本のお母さんとこに行っていないから、二人きりでご飯食べよ。」
食事に誘った礼子の声は、それまでと違ってどことなく優しかった。
解説
黒木が刺された話を聞いた礼子は龍雄を厳しく問い詰めますが・・・やがて龍雄を食事に誘います。
・・・To be continued・・・