福岡物語

福岡物語-24

  1. HOME >
  2. 福岡物語 >

福岡物語-24

福岡物語-24【港の落日
福岡物語(居場所を求めて)-24
翌朝七時、林田家は朝食時の予期せぬ来訪に驚いた。礼子が携帯電話を手にして飛び出そうとしたが、黒木に阻まれ携帯を取り上げられた。黒木が三和物産の脱税容疑について心当たりがあるか尋ねたが、礼子は無言だった。

夫の庸一に対し、黒木は礼子が代表者を務める会社の脱税容疑で発行された捜索令状を示し、これから捜索を開始する旨宣言したところ、庸一は驚き、礼子が容疑会社の代表者になっていたことすら知らなかったと答えた。

自宅が貨物便の搬送先になっていたことを知っていたか尋ねると、
「それは妻の弟の龍雄君の仕事やと聞いとります。龍雄君は訳あって表だって仕事が出来んので、妻に頼んでこの家を搬送先にしとると聞いています。ただし、荷物は到着するとすぐに龍雄君の仕事仲間が引き取っているはずですが。」

「どんな荷物か知っていますか。」
「分かりません。」

礼子は黙って、庸一と黒木が会話する様子を見ていた。
一人娘の友紀の顔は青ざめていた。

庸一は娘に対し、
「お父さんはなんかの間違いやと思う。この人達は仕事で見えとるが、ちゃんと調べて誤解がとけたら帰っていただくから、お前は心配しないで学校に行きなさい。」と言った。

黒木は礼子と庸一に対し、これから捜索を行い、捜索の見極めがつきしだい礼子から国税局で話を聞きたいと考えていると話した。庸一は配送課長の職に就いており忙しい身だったが、会社を休まざるを得なかった。立会人がいなければ、警察官を自宅に入れて立会をさせるとのことだったからだ。

こんな住宅街で警察が家に入れば隣近所に説明がつかないし、後々噂になったら面倒になる。庸一は、急な身内の事情で、どうしても出社できなくなった旨会社に連絡し、捜索の立会人になると申し出た。

礼子の携帯から龍雄の電話番号と住所が判明し、架電するも応答なく、急ぎ居宅に捜索に向かわせるも不在だった。近隣の警察署員に立会を要請して捜索を行ったところ、めぼしい物件は存在しなかったが、毎日の金の相場表と韓国の空港から日本に向かう旅行者のリスト表があった。

海老原が朝の散歩を終えて自宅に入ろうとした時、横から「おはようございます。」と声をかけられた。
「どちらさん?」
「国税局の松尾と言います。突然で申し訳ありませんが、伺いたいことがあって参りました。」

「なんだって、君、こんな時間に連絡もせずに人の自宅に来るのは非常識だろう。」
「査察です。ここでは近所の目もあるでしょうから、ご自宅の中でお話しましょう。」

査察と聞いて、一瞬ひるんだが、それでも、
「どうして自宅なんだ。俺は税理士だ。仕事の話ならほかですればいいだろう。」
と強く言ったが、

「先生、令状が出てるんです。」
と言われ、やむなく一緒に玄関をくぐった。いつの間にか現れた数名の職員も後に続き、応接室に入った。

「一体何の件だ。こんな朝早く大人数で人の家まで来て。」
海老原は、家族の手前もあり声を上げたが、松尾は取り合わずに鞄から捜査令状を2通取り出し、
「先生、これから御自宅と車両を捜索します。お持ちの携帯は、応接のテーブルに置いて私の許可なく触れないようにしてください。捜索の立会は先生と奥様にお願いします。お子様は、うちの者が鞄等を見せてもらった後でしたら学校に行っていただいて結構です。」と言った。

妻が心配そうに海老原を見つめた。
「捜索の令状です。」
松尾が示した捜査令状は、確かに裁判所が海老原の自宅と車両の捜索を許可した令状だった。

「容疑は、株式会社三和物産の消費税法違反です。」
海老原は自分を落ち着かせて、
「三和物産なら確かに関与先の免税店だ。ただし私は売上伝票と会社の帳簿を照合した上で、税理士法三三条の二の書面を添付した申告書を提出している。税理士法の趣旨からいったら、調査の前に私に連絡があってしかるべきだが、いったいどんな容疑があるというんだ。」と聞いた。

松尾は、海老原の質問には取り合わず、
「先生、三和物産で仕入れているものは何ですか。」と尋ねた。

やはり、そこを突いてきたかと思った。しかしながら、正直に金のインゴットと答えれば、即座に身の破滅となる。
「いちいち仕入までは、見ていません。免税店をチェックするポイントは、免税売上が正しいか、つまり、免税品の売上げであったかを証明する売上記録が適切に保存されているかだと思います。私はこの点は全てチェックしましたが、免税品の仕入れまでは確認していません。きちんとした国内の業者からの仕入れと聞いていましたから、問題があるとは思っていませんでした。」
思わず、丁寧な話しぶりになっていた。

「先生、本当に知らないんですか。」
海老原は、しらを切り続けるしかないと思った。たとえ三和物産が脱税で摘発されることになっても、自身が脱税幇助で追及されるわけにはいかない。

「ただいま、お話したとおりです。ご承知だと思いますが私も元職員です。税理士として顧問先をチェックする時も、あなたがた職員が調査をする際と同様に、ポイントを的確に絞ってチェックしたつもりです。」

松尾は質問を変えた。
「ところで、先生、顧問料はいかほど貰ってますか。」

痛いところを突いてきた。
当初丸田が提示してきた申告書作成時の100万円は銀行振込みされた金額でもあり、税理士業務の収入に計上していたが、丸田から実際の取引の概要を聞いて逡巡を見せた後、提示された消費税還付時の300万円については現金で貰っていたこともあり、収入に計上せずに一部は遊興等に使い、残りは事務所の金庫に入れてあった。

「課税期間3か月の消費税の申告ごとに100万円をいただいています。」
「大金ですね。1年ですと4回申告しますから400万ですか。」

「多いと思われるかもしれませんが、免税売上の確認をきちんと行った責任者として、税理士法33条の2の書面と添付しておりましたし、法人税の申告書は無償で作成しておりました。私としては当然の報酬額だと思っています。」

捜索は進んだが、めぼしい証拠物は発見されなかった。それもそのはず、海老原は仕事に関わるものを家に持ち帰る習慣がなく、事務所に保管していた。

「わざわざ朝早くから自宅にやってきて、強引に捜索をしてくれてますが、見込み違いでしたら、早々と見切りを付けて引き取っていただけませんか。」強気を崩すべきではないと思った。

「捜索令状が出た以上、すべてきちんと捜索しなければならんのですよ。絨毯の下、天井裏や床下、あるいは冷蔵庫の中など、すべて拝見します。」
「税理士の私がそんなところに物を隠すはずがないじゃないか。大体隠すようなもの自体何もない。」
激高を繕ってみた。

「何もなければ、それでいいじゃないですか。ところで、先生、今着ている上着とズボンのポケットの中を確認させてもらいます。」
「無茶を言うな。あんたが示したのはこの家の令状だろう。俺が着ている服は関係ない。」

「いや、先生の着衣を捜索しても良いという令状を持ってきました。」
松尾は、着衣の捜索令状を示した。

 査察官に逮捕権はない。捜査は、通常事務所や居宅あるいは車両などの捜索令状を携えて行う。しかし、被疑者の中には自身の着衣、時には下着の中に貴重品を隠すものがおり、とりわけ念入りに捜査を行わなければならないと判断した対象者については、現に身に着けている着衣の捜索令状を用意することがあった。

海老原は、自身が主要なターゲットになっていると知った。

解説
捜査が始まりました。携帯電話を手にして飛び出そうとした礼子は黒木に阻まれますが、黒木の質問に対して無言のままです。夫の庸一は、会社を休んで捜索の立会人となることを余儀なくされます。

一方、松尾査察官に臨場された海老原税理士は逃げ切りを図ろうと必死ですが、自分自身も主要なターゲットになっていると気付きます。

・・・To be continued・・・

 

 

-福岡物語
-

© 2024 令和の風 @auspicious777 Powered by AFFINGER5