福岡物語

福岡物語-17

  1. HOME >
  2. 福岡物語 >

福岡物語-17

福岡物語-17【かつて赤坂にあったサラ・リム・ナム(本格タイ料理・・・美味しかった)福岡物語(居場所を求めて)-17

出所した龍雄を迎えたのは、礼子と夫の庸一だった。

林田庸一は、門司の倉庫会社に勤めていた。対岸の下関支店への出張が頻繁にあり、その支店の隣に礼子が働く喫茶店があった。当初は大人しそうな印象でしかなかったが、話してみると、親しみやすく温かで、控え目ながら優しい笑顔の持ち主だと知った。

好きになった。
涼しげな眼差しが透き通るように美しく、しなやかな腕で盆を持ち、ほんの少しだけスカートを揺らしてコーヒーを運ぶ立ち振る舞いは、清楚で好ましかった。

客から誘われることも多そうだったが相手にしている様子はなく、身持ちも固そうだった。
意を決してデートに誘ったところ、思いもよらず誘いを受けてくれた。

「どこにしましょうか。」
「・・・お任せします。」

「じゃあ美味しいものでも食べにいきましょうか。」
「お金は使わなくていいの。二人でゆっくり散歩でもできればそれだけで良いですわ。」

「じゃあ、僕が知ってる限り一番景色の良い処に行こう。」
「どこ?」

「行けば分かるさ。でも少し寒くても良いかい。」
「はい。」

庸一が連れて行った場所は、関門海峡を挟んだ対岸の皿倉山だった。
九州で夜景といえば、長崎市の稲佐山から見る夜景が有名であるが、北九州にある標高622メートルの皿倉山からの眺望は、これに優るとも劣らない。

夜の山頂からの眺めは、眼下の市街地から関門海峡まで一望できる光に満ち溢れた景色だった。

日本新三大夜景 | TOP

「好きな場所なんだ。」
「素敵ね。」

「田舎者だから、実家の阿蘇と学生時代から住んでる北九州しか知らないけど。」
「私は下関だけよ。」

初冬の山頂は寒かったが、二人は壮大なパノラマに吸い込まれていった。
(時が止まれば良いのに)
女も男もそう思った。

その夜礼子は庸一の社宅に泊まった。
「どうして来てくれたの?」
「あなたなら良いと思っていたの。」
「不器用で冴えない男だけど。」

(優しくて、嘘の付けない人。)
礼子はそう思っていた。
(それに私の出自を気にする風もない。この人と一緒ならやっていける。)

最初から好意をもっていたと礼子から打ち明けられ、庸一は驚いた。
在日コリアンと聞いたが、気にならなかった。

庸一が目覚めると、礼子は朝食の準備中だった。
「ご飯とみそ汁と卵焼きだけなの。」
はにかみながらそう話す礼子の表情が瑞々しく愛おしかった。

やがて結婚し、女の子が生まれた。
友紀と名付けた。
庸一は妻と子を得て仕事に精を出し、勤務先からほど近い住宅地区に家を建てた。

礼子が結婚前に、庸一に紹介した身内は母親の梨花と龍雄だけだった。
龍雄はまだ高校生だったが、いっぱしの不良気取りの風貌のうちに、少年の純朴さが透けて見えた。姉思いの弟であることはすぐ分かったが、たった一人の姉を取り上げるかもしれない庸一を必ずしも嫌っていない様子だった。

庸一は熊本県の阿蘇郡小国町で生まれた。
かつては林業で栄えた町だが、一九七〇年に過疎地域に指定された。

中学一年の時、歴史的な豪雨が襲った。
営林署に勤めていた父親が見回りに出たところ、土砂崩れに巻き込まれ遭難した。土砂は、日頃の清流から焦げ茶色の濁流と化した杖立川に流れ落ち、遺体は遂に出て来なかった。

母親は、近くの温泉街で仲居をして庸一を育てた。
母が持ち帰る温泉宿の残り物が、二人の夕餉のおかずだった。
母一人子一人の質素な生活だったが、母はいつも明るく振舞った。

大学に行きたかったが、母に言い出せず、高校を出たら就職するしかないと思っていたところ、進学を強く勧めてくれた。
「お前の希望は母ちゃんの希望、お前の幸せは母ちゃんの幸せじゃ。もっと勉強しなさい。」

嬉しかった。
北九州の公立大学を選んだ。
そこは授業料が安く、休日にアルバイトをすれば母に迷惑をかけずにやっていけた。

四年間真面目に勉強し、門司の倉庫会社に就職が決まって社宅に入る際、母に同居を呼び掛けたが、郷里は離れがたいとして庸一の申し出を断り、ちゃんとした会社に入ったのだから気にせず頑張りなさいと言ってくれた。

結婚に先立って礼子を連れて帰省した際も、礼子の出自など気にせず、
「お前が選んだんなら間違いなか。しかしまぁ別嬪な娘さんじゃ。」
「礼子さん、庸一を頼みますね。」
と喜んでくれた。

庸一から継がれるビールを龍雄は正座して受け止めた。
しばらくして、一言「ご迷惑をおかけしました。」と頭を下げた。

少し酔った庸一は、
「龍雄君が、二人きりの姉さんを大切に思うのと同じく、私も女房を大事にしとる。礼子と龍雄君は兄弟じゃから、当然龍雄君も大事にせんといかんが、所詮私はサラリーマンで度胸もない。まあそういう訳で、なかなかあんたの役に立つこともなかろうが、疲れた時にはいつでもこの家に帰っておいで。」
と言って笑った。

龍雄は、礼子の手料理を食べ、庸一が酔いつぶれた頃家を出た。

解説
出所した龍雄を迎えたのは姉の礼子とその夫の庸一でした。
今回は、礼子と庸一の馴れ初めの頃の話を描いています。

・・・To be continued・・・

 

-福岡物語
-

© 2024 令和の風 @auspicious777 Powered by AFFINGER5