福岡物語-14【夜の博多 (那珂川)】
福岡物語(居場所を求めて)-14
高校卒業後、龍雄は、知り合いが経営する下関の遊技場で働いた。
そのうち、そこの従業員が金の延べ板を密かに韓国漁船に持ち込んで小遣い稼ぎをするのを見て、金の運び屋をするようになった。
龍雄の周辺では、運び屋を本業とするものはおらず副業で運んでいた仲間がほとんどだったが、運び屋に専念して相手方との約束事をきちんと守り、間違いを犯したことのなかった龍雄は取引先の信頼を得るようになり、数年後には崔という釜山の買付人から直接注文を受けるようになった。
儲けた金で、下関や小倉の歓楽街で遊んだ。
仲間と小倉で派手に遊んでいた時に、傍で飲んでいた年配のヤクザに脅されたことがあった。
「おい、こっちは静かに飲んどるんじゃ。若造のくせに俺の前で派手に騒ぎおって生意気な奴じゃ。」
年季の入った筋金入りのヤクザだった。
龍雄は一人でその男の正面に立ち、
「気に障ったんでしたら許して下さい。」と詫びた。
「こ奴、妙に落ち着いとる。詫びを入れる眼つきやないな。」
いつの間にか手下が数名現れ、龍雄達を近くの事務所に連れ込んだ。
「人が静かに飲んどるのに、これ見よがしに女と騒ぎよって、簀巻きにして紫川に叩き込んでやろうか。」
龍雄は、相手を正視したまま、
「小倉の方々は口に出したらそのとおりにすると聞いとります。」
と言った。
「ほう、それで?」
「あんたがたプロがその気になったら逃げきれんちゃ。」
「捨て鉢で言ってるようにも思えんな。」
「俺にはまともに生きる場所がない。その場その場を凌いできた。ここで殺されるなら仕方ない。」
相手が笑みを見せた。
「面白い奴じゃ。お前のように腹の据わった奴なら遊んでも構わん。」
「・・・ありがとうございます。」
「親切で言ってやるが、ほかの街で今みたいな目立ち方したら、ただじゃ済まんぞ。」
「分かりました。今後は気を付けます。」
「ところで、お前、生きる場所がないと言ったな。」
「はい。」
「そんなら、今後は、俺と一緒にやらんか。」
「どういうことですか。」
「俺の組に入れ。お前は筋が良さそうじゃ。」
「申し訳ありませんが、殺されてもそれだけは出来ません。」
「なんでじゃ。」
「死んだ両親が許しません。」
「修羅場もあるが、良い思いもたっぷりさせてやる。」
「俺は朝鮮人です。親は済州島から来ました。」
「それがどうした。」
「その親は日本に来てから、どんなにやられても自分から手を出したことはありませんでした。声をかけていただいて申し訳ありませんが、ヤクザになったら親が悲しみます。」
「親は死んどるんじゃろう?」
「たとえ死んでも、親と俺とは一緒なんです。」
「お前、不良じゃろうが。」
「不良ですがガキの頃はともかく、自分から手を出したことはないです。」
「難しいやっちゃのう。腹が座っとるから舎弟にしようか思ったんだが。」
「・・・」
「まぁ良い。気が変わったら連絡しろ。」
「すいません。」
色白で寂しげながら鋭い眼差しをした龍雄は、盛り場の女性に騒がれ、度胸の良さも相まって、北九州の不良連中からも一目置かれる存在となった。
三〇歳の時、崔から、覚醒剤の引取りを依頼された。世話になっていることもあり、一回だけという約束で下関漁港の隅で現物を引き取ることにしたが、運悪く麻薬取締官の手入れを受けて現物を押収され、身柄を勾留された。
懲役一年六月の実刑となり、福岡刑務所に収監された。
一人の男と再開した。高校の頃、小倉の繁華街で、龍雄に「おい朝鮮」とからかい、その後「俺も朝鮮だ」と言いながら去った岩佐真司だった。
「まさかお前が来るとはな。」
岩佐は笑顔を見せた。
「来たくて来たわけじゃない。」
そう言い返したが、龍雄の言い方に棘はなかった。
「まあ、よろしく。」龍雄がそう言うと、
岩佐は「お前なら大歓迎だ。」と応じた。
岩佐はその房の房長だった。
解説
物語は、これから実行される事件の前触れとなる部分に入りつつあります。
・・・To be continued・・・