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福岡物語-6【宝泉寺温泉の夕餉

福岡物語(居場所を求めて)-6

「私です。」
そう言ったのは伊保だった。

「先輩二人は、組んだ後勝負が付かなかったので、もう止めましょうって言ったら生意気だって怒られました。しょうがないので私が黒木さんと松尾さんとそれぞれ勝負しました。」

「それでどうなった。」
「私は、こう見えても琉大相撲部出身です。」
伊保の母校である琉球大学相撲部は強豪ではなかったが、昭和以降の大相撲で現役最高齢となった力士を輩している。

「こいつ卑怯だぜ。大学の相撲部やら今まで言わんかった。」
「すいません。でも松尾さんも腰が据わって強かったですよ。」

「松尾、負けは負けだ。俺も伊保に負けた以上お前に謝る。」
黒木は素直に頭を下げた。

「そうか、それじゃ、今度は黒木の奢りで壱岐の焼酎だな。」
「多田隈さんには逆らえん。」
松尾が嬉しそうな顔をした。

「私が勝ったんですから、泡盛も飲んでもらえませんか。」
伊保は沖縄本島南部の佐敷の出身である。

佐敷は沖縄本島を統一した尚氏の発祥地であり、伊保は、「うちは琉球王の血筋です。世が世なら王侯ですよ。」と言うが真偽は不明だった。

「多田隈さんが、地元の麦焼酎を持ってくるのはともかく、歴史の浅い奄美の黒糖焼酎を気に入りと言われては私も立つ瀬がない。歴史、酒蔵の数、酒の奥行、どれをとっても琉球列島の泡盛は素晴らしいものです。」

「王家の血筋が飲む泡盛はどれだ?」
黒木が茶化して聞くと伊保は真面目な顔をして、「沖縄の泡盛はどれも素晴らしいので王侯は酒を選びませんが、個人的には瑞泉の古酒ですね。」と言った。

「じゃあ今度持ってこい。」
「一番高いのを買って黒木さんに請求します。でも黒木さんにはもっと似合いそうな酒があります。」

「どんな酒だ?」
「沖縄から四〇〇キロ離れた石垣島の酒です。」

「銘柄はなんと言う?」
「白百合と言います。石垣の初夏に咲き渡る花です。」

「泡盛のくせに可愛い名前やないか。」
「名前はそうですが、癖が強くて難しい酒です。可憐に咲いた白百合というよりも大地に根付いた百合根の妖怪です。癖のある荒馬ですが、乗りこなすと病みつきになるそうです。」

「そうか。面白そうやな。」
「黒木さんにはピッタリでしょう。」

夜半熟睡した松尾と伊保を残して、多田隈は黒木と露天風呂に行った。
「源泉かけ流しだ。気持ち良いのう。」

満点の星空と清流のせせらぎがあった。
「ここの泉質は、最高だ。」

「どこの温泉も自分とこが一番って言うでしょうが。」
「ばかもん。まず飲めん温泉は論外だ。ここのは美味い。焼酎の割り水にしても良い。」
「そう言われると、さらさらした清涼感がありますね。」

「硫黄分が多かったり、妙な不純物が混じっていると飲泉には向かん。俺は、ここの温泉を湧水で半分に割ってそれを黒糖焼酎の割水にする。これが最高に美味い。」
「どうして黒糖焼酎なんですか。」

「黒糖焼酎は実質的にはラム酒と同じだ。糖分は無いが黒糖の香りが仄かに残っとる。湧水を混ぜたこの温泉で割ったのを舌の上で転がすと、黒糖の優しさが口の中で広がっていつまでも飽きん。」

「ラム酒だったら普通はストレートでキュッと飲むんじゃないですか。夏の日の夕方に合いそうな酒ですよね。」
「そこが奄美の奥深い処で奄美諸島の焼酎はそのままでも良いが、割ってなお美味い。」

鹿児島以南の酒の分布は面白い。
北から南に、屋久島や種子島は鹿児島県と同様に芋焼酎であるが、奄美群島、すなわち奄美大島、徳之島、沖永良部島、与論島は、いずれも黒糖焼酎の産地である。

ちなみに与論島から、わずか二〇キロしか離れていない沖縄本島及びそこからその四〇〇キロ先の石垣島などの先島諸島にかけては、そのすべてが泡盛生産圏となる。琉球文化の影響下にあった奄美群島においても戦前は泡盛を作っていたが、第二次大戦中に醸造原料となる米が不足したことから、戦時中からアメリカ軍政期にかけて、現地で手に入る黒砂糖を原料にした蒸留酒が作られるようになった。

一九五三年に日本に復帰した際、糖類から作られる蒸留酒は酒税法上全て「スピリッツ」とされ、焼酎よりも高い税率が課されそうになったところ、復帰諸島の振興策の一環として「奄美群島で生産される」ことと「米麹を用いる」ことを条件に焼酎の税率が適用されることとなった。

したがって、糖を原料とする蒸留酒という点で黒糖焼酎とラム酒は近似の酒であるが、米麹を利用していることや奄美の風土が育んだ原料や水を使うことにより、黒糖焼酎は水割でもお湯割でも飲みやすく、和洋いずれの料理にも適合する重宝な酒となった。

解説
物語は酒談義となってしまいました。焼酎の話ばかり出てしまいましたが、北部九州の各県や熊本県は、焼酎だけでなく美味しい日本酒もたくさん作っています。(飲みすぎた場合翌日辛いのが難点ですが・・・。)

九州の北から沖縄までのお酒の文化圏をたどると、概ね「日本酒・麦焼酎文化圏」、「日本酒・米焼酎文化圏」、「芋・蕎麦焼酎文化圏」、「芋焼酎文化圏」、「黒糖焼酎文化圏」、「泡盛文化圏」となると思います。
それぞれの地域で実際に酒食してみると、そこの酒がその地域の食文化に見事にマッチしていることが分かります。
序盤の主な登場人物は、多田隈(脱税捜査班のリーダー)、黒木(脱税事件の担当者)、松尾(黒木の後輩)、伊保(黒木と松尾の後輩)です。

・・・To be continued・・・

 

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