福岡物語

福岡物語-13

  1. HOME >
  2. 福岡物語 >

福岡物語-13

福岡物語-13【博多駅の寿司屋さん 辛子高菜も美味しい
福岡物語(居場所を求めて)-13

龍雄が高校二年の時、鶴来は病院で末期の癌だと診断され、半年後息を引き取った。
死ぬ前に鶴来は、「日本で焼かれるのは嫌じゃ。アボジやオモニと同じ墓に入って親不孝を詫びたい。」
と梨花に言った。

済州島では、土葬以外は考えられなかった。
梨花は、夫の願いどおりにしたかったが叶うはずはなかった。
そもそも自分たちの親がその後どうなったのか、あるいはどこに埋葬されているかさえ知らなかった。

商店街や近隣の人達が棺を担ぎ、自宅から火葬場まで行く葬列を組んでくれた。
梨花は、葬列が進む道すがら、父との思い出話を周囲に語り掛け、時折立ち止まっては慟哭した。

「お父ちゃん、島に帰りたかったろう。ごめんね。」
火葬場で待つ間、そう言って泣き続ける母を礼子はしっかり抱き留めていた。

葬儀の夜、梨花はまんじりともせずにいたが、やがて、
「お父ちゃんを済州島に連れて行く。」
と言い出した。

子供達は驚いた。
両親の出身が済州島であり、父母が望郷の念を持っていたことは知っていた。

しかし、夫婦は済州島出身者であることを胸にしまい込んだまま日本で暮らし、済州島に行きたいなどと口走ったことはこれまでなかった。

一九四八年以降、島民と為政者との間に深刻な亀裂が走り、李承晩政権が左翼勢力除去を目的として制定した国家保安法が今も継続する国に、島から脱出した梨花がおめおめ帰れるとは思えなかった。

万一帰れたとしても、官憲に捕まるのではないかという不安もあった。
「そんなん無理やろ。」
と礼子が言うと、

母は、
「無理かもしらんが、なんとかする。お父ちゃん帰りたかったんじゃ。遺灰の少しだけでも持っていってやりたい。」
と言った。

「でも、うちらは、済州島に行けんのやないの。お墓だってどこにあるか分からんやろう。」
「お父ちゃんの最後の願いじゃ。なんとしても行く。」

梨花は同胞団体の幹部に金を渡して頼み込み、子供と共に済州島に行けるように手配してもらった。
「本当は怖い。怖い故郷じゃが、お父ちゃんを連れて行く。」
そう言って、隠し持った鶴来の遺灰とともにフェリーに乗った。

島で捕まることはなかった。
しかし、梨花が知っている人間に出会うこともなかった。

四〇年前、梨花が住んでいた村に行ってみたが、村の様子は全く異なり、どこが誰の家か全く分からなかった。
(故郷の村は無くなってしまった。知っとる人もおらん。でも・・ハルラ山がある。)

「お父ちゃん、ハルラ山に連れて行ってあげるよ。」
梨花はそう言うと、三人でハルラ山に登り、見晴らしの良い山腹で鶴来の遺灰を撒いた。ムラサキツツジの群生が山腹をピンク色に染める中、梨花は、

「うちも、いずれここに撒いてもらうから。」
と言って泣いた。

フェリーでの帰路、梨花は告げた。

「お父ちゃんとうちの代で、宙ぶらりんは終わりじゃ。お前達は日本人にならんといかん。うちらは島に居ったら殺されとった。日本に来てから随分悔しい思いもしたけど、殺される心配だけはなかった。お父ちゃんと一緒になってお前達を産んでからは、汗水流して働くのが苦にならんかった。本当は済州島に帰って先祖のお墓に詣でんといかんのやけど、今じゃ島のことは何も分からん。もう島では生きていけんのじゃ。」

「いやや。うちは日本も韓国も嫌いちゃ。」
礼子がそう言うと。梨花が礼子の頬を張った。

「お父ちゃんが、誰とも争わずに一生懸命して働いたのは何のためか。このまま島に帰れんかったら、せめて、お前達だけでも帰化した方が幸せだと思ったからや。酷いことを言われても時には殴られても我慢したのはそのためじゃ。」

黙っていた龍雄が言った。
「姉ちゃん、日本人になれ。」
「俺は、このままで母ちゃんを守るけん。」

龍雄は、礼子が日本の男と付き合っていることを知っていた。
龍雄自身は、自分がどこの国の人間だという気持ちはなかった。
両親が望郷の思いを秘めていたことは知っていたが、父母を追い出した国も今暮らしている日本も嫌いだった。

龍雄が高校を卒業して間もなく、梨花が、卒中で倒れて亡くなった。
二人は、母の遺灰を父と同じハルラ山の山腹に撒いた。

解説
引き続き、捜査班と対峙することになる龍雄と礼子について書いています。この二人の物語には悲しい歴史が込められています。

・・・To be continued・・・

 

-福岡物語
-

© 2024 令和の風 @auspicious777 Powered by AFFINGER5