横浜物語-8(赤ワインで乾杯)
横浜物語(悪魔のロマンス)-8
高校を卒業すると、Jはクラブのボーイなどをしていたが、やがて南関東を取り仕切る暴力団の組員となり夜の繁華街を闊歩するようになった。
ヤクザの世界でも通り名はJのままだった。
優一は大学卒業時に税理士試験に合格し、父親の下で働くようになったが、二人が毎月会う関係は途切れることなく続いた。
「いずれ俺が、お前の役に立つ日が来るだろう。」
時々Jはそう言った。
「どうしてそんなことを言うんだい。」
「なんとなくだが、そういう気がする。」
「そういわれると煩わしいな。でも君との関係は嫌いじゃない。違いすぎる二人が、それぞれの日常を忘れて向き合うって悪いことじゃない。君はストイックな位僕の領域を侵さないし、僕との関係を大事にしてくれる。」
「当たり前だ。お前の世界に俺が入って行ったら、俺達の関係は続かない。」
「最初は、僕と関わりを持たなくちゃならない特別な事情でもあるのかと思っていた。」
「・・・そんなものはない。」
二人が落ち合う場所は、マクドナルドから50メートルほど離れたホテルニューグランドのテラスに変わった。
優一が支払ったことは一度もなかった。
Jは組織で頭角を現し、横浜の繁華街を自ら取り仕切るようになっていった。
父親が亡くなって優一が事務所を継承する際、番頭格だった事務員が多数の顧問先を奪って他の事務所に移ろうとしたことがあった。
「私が担当している20社の書類は、梱包して新しい事務所に送るから勝手に触らないでくれ。」
「全て父の顧問先だった会社じゃないか。そんな勝手は許さない。」
「今更関係ない。会社は新米のあんたの顔は知らないが、担当の俺とは長い付き合いがあるんだ。それとも何かい。退職金の3000万も出すかい。」
歯噛みしたが、何もできずにいた。
Jに思わず愚痴を言った。
「名前と住所をメモしてよこせ。」
「妙なことはしないでくれ。」
「ちょっと話すだけだ。心配しなくていい。」
数日後、その事務員は憔悴した面持ちで優一の前に現れ、
「ご迷惑をおかけしました。」
と言って顧客を1件も取らずに退職した。
Jに連絡したところ、
「無事に済んだのならそれでいい。」
と言われただけだった。
ある時Jから、
「顔が利くクラブがあるんだが行かないか。」
と誘われた。
クラブ「馬車道」の歴史は古く、1階と2階は今風のキャバクラだが3階は広いフロアの中心にグランドピアノが置かれた昭和のスタイルを彷彿とさせる高級クラブだった。
豪奢な特別室で支配人とママを紹介され、
「好きな娘がいたら、ママに言えば良い。」
と言い、その場で支配人に、
「優だ。俺と同じだと思ってくれ。」
と告げた。
優一は、馬車道の常連になった。
グラマラスな体型にそぐわない幼い顔立ちの由依を気に入った。
由依は、フィリピーナで歌が上手かった。
「優さん、一緒に歌いませんか?」
「・・・人前で歌ったことはないけど。」
「教えてあげます。一緒にデュエットしましょう。」
ピアノの伴奏で、由依の好きなエンドレス・ラブを一緒に何度も練習した。
「優 and 由依、endless loveよ。」
由依はそう言ってウインクした。
やがて店で過ごした後、連れ出すようになった。
女の子と遊ぶことについて、ママから出された条件はひとつだけだった。
「どの娘を選んでも構わないけど、必ずお店にいらしてから遊んでくださいね。」
最初の頃、優一が勘定をしようとすると、
「それは結構です。」
と支配人から言われた。
「どうして。」
と尋ねると
「あの方と同じだと言われましたから。」
と言って受け取ろうとしなかった。
支払いの話をJにしてみた。
「勘定なんて次元の低い話はしなくていいだろう。」
「でも一人で行っている時に何もしないんじゃ、気が引けるよ。」
「あの店は俺の店だ。気にするな。」
優一が黙っていると、Jは、
「もう貰っている。」
と小さく呟いた。
「どういうこと?」
「なんでもない。独り言だ。」
解説
序盤の主な登場人物は、ナオミ (遺産相続人)、優一(税理士)、J ( 優一の友人)です。
Jはヤクザの世界で頭角を現し、優一は大学を出て税理士になりますが二人の関係は途絶えることなく続いています。
優一がJが支配するクラブの代金を払おうとすると、Jは「もう貰っている。」と独り言を吐きます。
Jの言葉の意味は何だったのでしょうか。
・・・To be continued・・・