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福岡物語-9【リバーウォーク北九州
福岡物語(居場所を求めて)-9

事件の容疑は、免税店を経営する会社が、国から巨額の還付金を不正に受け取ったというもので、礼子は3年前に設立されたその会社の代表者だった。

三和物産株式会社は、免税品の販売等を目的として設立され、設立後まもなく免税店舗の営業許可を取得していた。
同社が税務署に提出した申告書では、毎月数億円の免税品の売上があるものの、売上と仕入金額はほぼ同額であり、家賃や人件費等の諸経費の分だけ赤字となっていた。

消費税法の規定では、事業者が国内で仕入れた商品を免税品として旅行者等に販売した場合、販売価格には消費税を乗せられないことから、仕入れた際に支払った消費税を国から返してもらうことができる。

三和物産は、消費税の申告をする都度、仕入金額に含まれている消費税の還付を受けており、これまでに手にした還付金は10億円を超えていた。

多田隈達は、礼子を名目上の代表者にした金ブローカーのグループが、仕入れたインゴットを闇で捌くと同時に、あたかも免税店での販売だったかのように偽って申告を行い、不正に還付金を得ていたと想定していた。

これを立証するためには、実際の取引の内容、すなわち仕入れたインゴットがどこに販売され、詐取された還付金がどこに隠されたのかを明らかにしなければならなかった。

更に、実行行為者に対し懲役刑や罰金等の刑事罰を追及することになる以上、どんな者達がどんな動機からどのようにして不正な行為を行い、更に首謀者が誰なのか特定する必要もあった。

立証すべき事項が動機のような人の心であって、自供が得られない場合は、動機を推認させるような状況証拠を総合して立証することもあり得るが、この事件の場合、証明すべき最も基礎的な事実である取引の実体そのものが、ほとんど解明できていなかった。

事件着手前に、内偵した担当官が、免税店では客らしい人間の出入りがほとんどなかったことを確認していた。
しかし多田隈の指揮下、黒木達が捜査令状を使って押収した物件のなかに、海外からの旅行客が金細工の土産品を購入したとする伝票が多数存在し、その伝票に記載されていたパスポート番号の旅行客は、免税伝票記載の日時に日本に滞在していたことが判明した。

つまり、免税品の販売伝票があり、更に商品を購入したとされる旅行客が日本に滞在していた事実まであるにもかかわらず、免税店での販売はなかったと直接証明できる証拠は出ておらず捜査は苦境に陥っていた。

黒木は、注意して礼子にあたれば何か手掛かりを引き出せるのではないかと思ったが、何も得られなかった。
「一見普通の主婦やけど、じっと落ち着いたままだ。あれこれ言っても全く崩れん。」

多田隈は、黒木の質問能力を高く評価していた。
黒木は、相手が幾分でも疾しさを抱えて供述するような場合、様々な角度から硬軟両様の質問を行い、自認させずとも、相手の気持ちの変遷や状況の推移を織り込んだ立証価値の高い調書を取ることができた。

「お前が落とせんのは、中洲の別嬪位と思っとったが、普通のおばはんでも難しいのがおるか。」
「一見大人しそうな普通の主婦やけど、凛として芯があって、ちょっと見んような美人だ。」

「芯のある美人か。その芯のもとは何だろう。」
多田隈は難しい顔をした。
「他の者ならともかく、お前が揺さぶっても全く崩れんちゅうのが、ひとつの事実や。・・・案外そこが切り口かもしれん。」

解説
これまでの登場人物は、多田隈(脱税捜査班のリーダー)や黒木(脱税事件の担当者)でしたが、これからは、捜査班と対峙する龍雄と礼子の物語となります。この二人の物語には悲しい歴史が込められています。
・・・To be continued・・・

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