福岡物語-2【鴻臚館(こうろかん)】
福岡物語(居場所を求めて)-2
「黒木、パソコンと遊び過ぎやないんか!」
多田隈の声でうつつに引き戻された。
「どういうことですか。」
「ほかの奴らもお前にならって机にしがみついとる。」
松尾と伊保が下を向いた。
「金を取って命がけで逃げ切ろうという連中を相手にしとるんだぞ。」
多田隈は、福岡国税局の脱税の捜査班の責任者だった。
確かに、その事件は進捗していなかった。
担当は黒木と松尾と伊保である。
この六月に着手し、休日も返上して捜査を続けてきたが、脱税事件として検察庁に告発できるだけの証拠が得られていない。
検察が納得できるだけの証拠収集が出来なければ、脱税者を刑事裁判にかける途は閉ざされ、単なる課税処分で終わってしまう。たとえ課税処分を行ったとしても悪質な脱税者が素直に納税に応じる見込みはなく、多田隈達は、脱税の証拠収集とともに彼等が隠し持っている財産を発見しなければならなかった。
言わずもがなの言葉が口から出た。
「九時、五時の仕事が恋しくなったんじゃなかろうな。」
いきなり、黒木が鯖の切り身を多田隈のグラスに突っ込んだ。
赤茶色となったグラスに鯖の切り身が揺れている。
「何の真似だ!」
「刺身と酒のちゃんぽんじゃ。」
「何だと!」
多田隈が黒木を睨みつけた。
「多田隈さん、仕事の話と酒は分けてくれ。」
多田隈は、苦しい立場にあった。
悪質な脱税者は絶対に告発しなければならない。しかし、捜査班が担当すべき事件は何件もある。
多田隈達は、1年間に十数件の事件を処理しなければならなかった。
先の見えない事件に固執すると、他に手掛けている事件の処理が遅れる上、新規の案件を引き受ける余裕がなくなってしまう。
「多田隈さん、皆、背水の陣の覚悟でやっとる。もう少し時間をくれ。」
「・・・」
黒木を睨んでいた多田隈の顔が苦い表情になった。
伊保が、
「こんな時ほど、慌てずじっと落ち着いて作戦を練り直した方が良いと思います。」
とおもむろに言うと、黒木は、
「じっとしとるのは追われる側だ。俺らは動いてなんぼや。お前が汗臭い顔をさらして机から離れんから、多田隈さんに叱られようが。」
と言って伊保を睨みつけた。
多田隈は表情をやや緩め、「親父、焼酎もう一本出してくれ。」と店主に声をかけた。
「ウサギのような動物は天敵が迫っても音を立てずにじっとしていれば、そうたやすくは敵に見つけられん。・・・子供の頃読んだシートンの動物記にそう書いてあった。」
新しいグラスを傾けながら多田隈は言った。
「俺達の相手はウサギやない。獲物を仕留めて素早く持ち去った豹だ。」
解説
多田隈も黒木達も事件の捜査が進展しないことに苛立っています。
序盤の主な登場人物は、多田隈(脱税捜査班のリーダー)、黒木(脱税事件の担当者)、松尾(黒木の後輩)、伊保(黒木と松尾の後輩)です。
・・・To be continued・・・