福岡物語-48【鶴見岳山頂からの光景】
「何故、脱税したの?」
「何故って、金が欲しかったからだ。」
「どうして?」
「どうしてって、・・貧乏に育ったからだ。」
「どういう風に育ったの?」
「何故そんなことまで聞く。」
「脱税は、人間社会で人間が行う犯罪よ。人の犯罪には動機があるの。動機を聞かせて頂戴。」
「親父は炭鉱夫だったからな。仕事が終わると飲んで金が残らん。お袋と二人、いつもひもじかった。」
「ご両親は健在なの?」
「親父は俺が高校の時、お袋は二十歳の時死んだ。」
「それからはあなた一人?」
「一度結婚したが別れた。一人住まいなのは、俺のマンションを見て分かっとるじゃろう。」
「お母さんが亡くなった後、どうやって暮したの?」
「なんでもやった。土方、鉄筋工、運転手、寿司屋、最後はソープランドのマネージャー、少しずつ金を貯めて土地を買った。その土地を担保に金を借りて一〇年前に今の商売を始めた。」
「商売は順調だったはず。税金払ってもやっていけたはずよ。」
「林田さんとやら、あんたのような女は始めてだ。しかし分かっちゃいない。」
「その分かっていないところを話してくれる?」
「あんたがどんな生い立ちかしらんが、子供の頃の貧乏は罪じゃ。心にのしかかる。俺はそれを振り払おうと今まで生きてきた。稼いでも稼いでも不安は消えなかったが、そうするしかなかったんじゃ。その気持ちが分かるか?」
「あなたの今の言葉に嘘がないことは分かる。でも貧乏に限らず、色んな立場の色んな人達が持って生まれた境遇と戦っているの。あなたには悪いけど、たかが貧乏だけで苦労したなんて甘えんぼうも良いところだわ。」
「あんたみたいな娘に何が分かる。」
「私には分かるの。もっと苦労をした人を大勢知ってるわ。」
永山を見つめる友紀の眼に涙が溢れた。
「お前、泣いとるんか。」
「涙が出ただけよ。」
「案外苦労したんだな。」
「甘ちゃんで育ってたらこんな女にはならないわ。」
伊保が一枚の古い写真を出した。
「手帳の奥に大事そうに挟んであったが、これは誰だ?」
見ると永山と一人の少女が写っていた。
「くっ!」
永山は呻き、肩が揺れた。
「おい、どうしたんだ。」
激しく泣き出した。
三人は黙って永山を見ていた。
しばらくして、友紀が聞いた。
「誰なの?」
「娘だ。」
「今どうしてるの?」
「嫁が俺と別れる時連れて行った。その後会っとらん。」
「どこにいるか分からないの?」
「去年までは知っとった。この子の母親がさっき警察が連れて行った男のところで働いていたからな。」
「まさか?」
「そのまさかだ。年増のソープ嬢じゃ。」
「そうだったの。その方は今どうしてるの?」
「今年の正月に死んだ。連絡を聞いて娘を引き取りに行ったが居なくなっとった。」
「どうして?」
「俺に会いたくないんじゃろう。母子を苛めた男と思っとるはずやからな。」
「苛めたの?」
「そう言われても仕方がない。女と一緒になって家に帰らなかったからな。その時の女が嫁にずいぶんひどいこと言ったらしい。」
「知ってたの?」
「当時は知らんかった。離婚する時はじめて言われた。」
「仕送りしてたの?」
「娘が気になるし毎月三〇万送っとった。そのくせあの女ソープに勤めやがった。」
「お金が必要だったんじゃないの?」
「娘は糖尿病だった。仕送りの金では足らんかったらしい。」
「糖尿病?」
「生まれつきのやつで『一型』とかいうらしい。一〇万人に一人の病気と聞いた。」
「会いたい?」
「たった一人血の繋がった娘じゃ。会いたくないはずなかろう。しかし・・」
「しかし何?」
「母子を苛めた最悪の男と思っとるけん、向こうは会ってくれんじゃろう。」
「会う努力はしないの?」
「どこにいるかも知らんし、恨まれとろうし・・・。」
「あんた最低じゃな。」
「なんじゃと。」
「こっそり写真隠し持ってうじうじしおって。娘が気になるんやったらさっさと捜すんじゃ。」
「そりゃあんたの言うとおりだが、どうしていいか分らんのや。」
「今度の月曜朝九時に福岡の国税局に来なさい。それまでうちも考えておく。」
「分りました。」
「そうすると、脱税の動機は、貧乏に育ったことへの反発心だけやないな?」
「できればいつかは娘と暮らしたい。その時は出来る限り贅沢させてやりたいと思っとった。その為に俺が出来るのは金しかない。」
「今まで私林田友紀とした話に嘘や偽りはありますか?」
「最初にヤクザに貸した金を答えなかったり、貸金を偽って答えた以外嘘は言ってない。」
友紀と永山の応答を小百合がとてつもないスピードで録取した。
友紀は、小百合が作成した応答録を永山に示して読み聞かせた。
「本日の質問はこれで終わりますが、これまで述べたことで追加することや訂正することはありますか?」
「訂正することはない。追加することが一つだけある。」
「何ですか?」
「あんたみたいな人は初めてじゃ。あんたが担当で良かった。」
「・・ありがとう。じゃあここに署名してくれる?」
伊保は、一部始終を黒木に報告した。
報告を受けた黒木は感無量だった。
(風俗業で実質経営者が別におって、しかもヤクザがらみや。初日の自認はあり得んと思っとった。さすがは、あの礼子の娘だ。)
伊保がファックスで送った供述調書を見るまでは、事件本部で待機する内偵班の誰もが永山の自認を信じなかった。
「こんな調書滅多にない。泣けてきた。」
近田が黒木にそう言った。
「そうやな。臨場感がある。あの二人だから書けたんだ。慣れた査察官やったら、話を聞き溜めして、辻褄をつけてから綺麗に書くやろう。友紀が全身全霊で追及したのを小百合がそのまま必死で書き取ったんだ。」
解説
どんな事件でも、それが自認事件でも否認事件であっても相手方へのコンスィダレーションがなければ真相の解明は困難です。永山の境遇を受け止め、そこに自身の思いをぶつけていった友紀の行動が永山の自供を促しました。
・・・To be continued・・・