福岡物語

福岡物語-44

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福岡物語-44

福岡物語-44【大濠公園
福岡物語(居場所を求めて)-44
翌日早朝、永山のマンションに向かった担当者二人は、駐車場に永山のベントレーが二台あることを確認し、チーフの小百合は事件本部の黒木に電話した。

「被疑者の車両二台駐車場で確認しました。予定通り七時に入ります。」
「小百合、友紀はどうした?」
「既にオートロックを潜り抜けて一二階の被疑者のドア近くで待機してます。」

オートロック式のマンションの場合、本来は入口で部屋の番号を押して居住者と連絡と取った上で開錠させるが、本人の逃亡や重要な証拠の疎開が懸念される場合には、居住者が外に出るタイミングを見て交差して入る。セキュリティーが特段に高い建物の場合、事前に管理会社に事情を説明して秘密裏に入口を通過するなど様々な段取りが必要となるが、永山のマンションはそこまでする必要はなかった。

「分かった。松尾に代わってくれ。」
「手配りはうまくいっとるようだな。」

「二人の様子はどうだ。」
「小百合は少し緊張しとるようです。友紀は無口ですが動きは機敏で悪くない。」

「そうか。」
「マンションですから滅多に逃亡の恐れはありませんが、臨場時の応対だけは念のために私がしましょうか。」

予期せぬ捜査を前にした被疑者とのやり取りは、たとえ捜査班のベテランであっても気を使う。会うと同時に相手を見据えて、脱税事件の捜査に臨場した旨説明し、捜索等を円滑に行うべく協力させなくてはならない。激情した相手に詰め寄られて出鼻を挫かれ、初動捜査に手こずった事例はいくらでもあった。

「チーフの小百合に最初から全部やらせろ。いよいよとなるまでお前は出るな。」
「分かりました。」

黒木は、被疑者宅に臨場する組に誰を配するか悩んだ。
捜査班筆頭の松尾は常々強い気迫を持って現場を制し、次席の伊保は松尾のような威圧感はないが相手に応じた柔軟な対応が持ち味である。松尾を配すれば、必然的にその現場は松尾が支配し、被疑者は自然と松尾を向くに決まっていた。松尾が、小百合達を十分に活かして使いきれるか、しばらく踏ん切りがつかなかった。

(・・・やはり松尾にしよう。小百合の面倒をずっとみてきた男だ。)

黒木は松尾を呼んで言った。
「小百合達の仕事を見届ける役目はお前だ。ただし今度ばかりは黒子のつもりで対応してくれ。お前が全面に出て仕切ると小百合達がやりにくくなる。被疑者は全てあの二人に対応させろ。ただし不測の状況になったらその時は頼む。」
「分かりました。きちんと目配りします。」

「伊保には店舗の捜索の指揮を執らせる。緊急の際は、俺に構わず伊保と直接連携して動いてくれ。俺への連絡は事後で良い。」
「承知しました。」

「警察官等への支援要請書も何枚か携行してくれ。」
「こういう事案ですから、とっくに手配済です。」

調査先の経営者や従業員が、暴力団やそのフロント企業と判明している場合には、事前に警察と協議して警察の支援を得て捜索等を行う。しかし、そのような虞があるものの実体が判然としない場合は、いつでも支援の要請が出来るようにした書面を携行するのが常だった。

「お前の気性を知っとるから敢えて聞くが、小百合達を立てて黒子になり切れるか。」
「俺も多田隈さんに仕えて今は黒木班の旗頭ですよ。おなごが活躍する場を作っちゃります。」

午前七時に小百合がインターフォンを押した。
応答がなかった。何度も押し続けたがやはり誰も出てこない。
小百合がドア前で何度も声をあげた。

「永山さん、おはようございます。」
「永山さん、居ますか。」
次第に声が大きくなった。

友紀も永山の固定電話に架電したが応答はなかった。
「困ったわ。居留守かしら。」
小百合がそう呟いた時、隣のドアから女性が顔を出した。
「朝から騒がしいけど、あなたがた誰ですか。」

松尾が身分証を見せ、
「騒がせてすみません。この部屋の方と至急お会いする必要があったものですから。」
と説明した。

「大分前に出て行きましたよ。ドアが閉まって出て行く音が聞こえましたから。」
「えっ、そうですか。ありがとうございます。」

小百合と友紀は、予期せぬ出来事に茫然としていた。
事件着手日は、被疑者の捕捉が何よりも重要である。
早急に捕捉して厳しく追及すること、即ち『鉄は熱いうちに叩け』が鉄則だった。

松尾は、直ぐに黒木に連絡した。
「隣人の話によると、本人は早朝自宅を出ているようです。本人の携帯が分からんと連絡の取りようがありません。車を置いたままだから遠方に出かけた可能性もあります。」
「分かった。至急伊保にマネージャーの携帯履歴を調べさせる。」

「捜索はどうしますか。本人と連絡が取れてからにしますか。」
居宅に本人が不在の場合、後日の捜査協力の可能性も視野に入れて、敢えて即座に捜索せずに本人と連絡を取って帰宅を促した上で捜索することもあった。
「いや、警察官を立会人に呼んで捜索を開始しろ。」

「小百合達があとでやりにくくなるかもしれんですよ。」
「気を遣わせてすまんな。しかし小百合と友紀にはお前も俺もついとる。躊躇は無用だ。」

伊保から黒木に連絡があった。
「想定通り、店のマネージャーは永山と頻繁に連絡を取っています。今朝店舗に臨場した直後にメールを入れていました。マネージャーに電話させてから私が代わって話をしました。」
「なんて言った。」

「本人は今から東京のホテルにチェックインするそうです。既にマネージャーから情報を得ており、突然捜索に来るとは何事だと電話先で激怒していました。捜索の立会に戻ってくるよう促しましたが、大事な商用だから戻れんの一点張りだったので、説得して本日午後三時に本人が予約したグランドプリンス高輪一五階の部屋で会う約束を取りました。」
「直に話をしたお前が行くしかないやろな。」

「はい、今から捜索を指揮して目途を付け、昼頃の飛行便に乗れば三時には十分間に合います。小百合達はどうしますか。」
「担当者だ。お前と同行させる。」

「では松尾さんと連絡を取って小百合達と福岡空港で落ち合うようにします。」
「不測の事態になったが、こうなったらお前に頼むしかない。あの二人をリードしてやってくれ。」
「分りました。」

伊保から連絡を受けた松尾が二人に言った。
「永山は東京の品川駅近くのホテルにいる。小百合と友紀は、ここを出て福岡空港に行き、そこで伊保と合流して一二時ちょうどの羽田行きに乗れ。伊保が電話で、永山が予約した部屋で三時に会うと約束したそうや。」
「分かりました。」

(予想外の展開になったけど、友紀を連れて東京に行くしかない。伊保さんもいることだし、なんとかなるだろう。この娘はどんな気持ちだろうか。)
小百合はそう思いながら友紀の顔を見たが、戸惑っている様子は見えなかった。

出がけに松尾が小百合に声をかけた。
「お前は、福岡の査察捜査班の事件担当チーフだ。自信を持ってやって来い。」
「分かりました。」
友紀とも何か話をしていた。

解説
満を持して永山のマンションに乗り込んだ捜査班でしたが、永山は不在でした。
小百合達は、永山のいる東京へ急遽向かうことになります。

・・・To be continued・・・

 

 

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