福岡物語-41【花ふたつ】
福岡物語(居場所を求めて)-41
女性の先輩がいた。小百合である。
二児の母となったが、査察から離れずにいた。
「友紀ちゃん、ここの男たちは捜査や取調べになると別人やけど、仲間内では子供と変わらんとよ。」
そう言いながら、女性査察官としての様々な役割を教えてくれた。
「うちらの方が大変な時もあるんよ。例えば下着の中に何か隠した女性がいたとしても、男連中は手を出しにくいでしょう。そんな場合は、うちらがしっかり対応せんといかんの。」
黒木は、友紀を新人扱いしなかった。
(この子が俺の下に来たのも縁じゃ。子供扱いせず俺の持っているものをそのまま教えてみよう。)
「捜査の基本は六何の原則だ。」
「ロッカですか?」
「そうだ。5W1H、いつ、どこで、誰が、何を、何故、どのように。」
「歴史の勉強のとき習いました。5W1Hを忘れるなって。」
「そうか。それじゃ聞くが、5W1Hのうちどれが一番重要か分かるか?」
「どれも同じように大切だと思います。」
「それは学生の答えだ。実戦は違う。」
「どう違うんですか。」
「例えば今日の朝刊みてみい。『いつ、どこで、誰が、どのように、何をした』大体こう書いてある。これがなきゃ事実を伝える記事にならん。」
「黒木さん、今『何故』とは言いませんでした。」
「何故は難しいんだ。何故まで書いてある記事はそうない。何故は汗をかかんと書けん。俺は査察官になってからこの年まで何故だけで食ってきた。『いつ、どこに、誰が・・』は当たり前のことだ。通常これらの事実は既に前提として目の前にある。俺らはそれに何故を加えて考え、捜査を進めるんだ。例えば取調室で相手が滔々と喋ったとする。俺達はそれをじっと聞く。そして時々『何故そう言える』と反問する。それだけで良い。」
「・・・そうですか。」
「いずれ分かる。俺が部下の調書に貼った付箋を見てみろ。ほとんどが『何故そう書けるんか』となっとるはずだ。」
「分かりました。」
「話を変える。嘘を付いている奴はどうしたら分かる?」
「確信はないですが、話し方が覚束ないとか、不安げな表情とか、そういう様子から見分けるんじゃないですか。」
「はっきり言おう。目だ。目を見ろ。都はるみを知っとるか。」
「知りません。」
「今度DVD買って見てみろ。黒目が横向いとる。」
「黒目が横ですか。」
横から松尾が口を挟んだ。
「黒木さん、嘘言っちゃいかん。都はるみのは横目やなくて流し目や。」
黒木は苦笑した。
「そうやな。実は昔からファンなんだ。それはそうと人間が嘘をひねり出しながら喋ろうとすると相手を正視するのが難しい。そうすると黒目が横を向く。」
「そうですか。」
「ところが嘘を付きながら正視できる奴もいる。そういう場合はよく見ると、目の焦点がぼけていたり、必要以上に強い目線になるんだ。」
「本当のことを言おうとして強く相手を見ることもあるんじゃないですか。」
「勿論、そういうこともあるが、よく観察すると企みを押し通そうとする目と真摯に事実を告げようとする目線とは違うことが分かってくる。」
「分かりました。」
「友紀ちゃん、黒木さんは俺らには一度もこんな教え方してくれんかった。」
伊保がそう言うと、
「当たり前だ。お前らは体で覚えるしかない。俺もそうやった。今は時代が違う。」
黒木はそう言ったが、
(俺が持ってるものをこの娘に全て伝えたい。それが俺に課された運命だ。)
と思っていた。
小百合が、
「私も体で覚えた口よ。」
と息巻いたが、黒木は、
「いや、俺らは乱暴やったが、多田隈さんはお前に優しかったはずだ。」
と言った。多田隈の話を出すと小百合は黙った。
(俺は、この娘を通じて亡くなった母親に俺自身を伝えようとしているのかも知れん。)
解説
友紀が所属した捜査班には小百合が残っていました。
黒木は友紀に、自分の仕事の手法を全て伝えようとしています。
・・・To be continued・・・