福岡物語-33【阿蘇の牛たち】
福岡物語(居場所を求めて)-33
翌日から帽子を目深にかぶった大柄な男が、国税局の周辺を徘徊するようになった。
黒木とおぼしき男が仲間と連れ立って次郎丸に入るのが見えた。
居酒屋を出た黒木の後を男が付けた。
その夜、黒木が自宅近くまで帰ってきたとき、背後から、
「黒木さんか。」と突然声をかけられた。
「誰や。」
「言わんでも大体わかるやろ。龍っちゃんほどの男が体投げ出すちゅうとるんじゃ。この辺でしまいにせんか。」
「あんた岩佐か。」
「そうじゃ。」
「話があるなら国税局に来い。」
「そこはあんたの縄張りじゃ。俺の流儀で話をつける。」
「どういうことだ。」
岩佐は帽子を取り、黒木を睨みつけた。
「引くか引かんのか、この場で返答せい。」
「お前もいっぱしの男なら、言わんでも分かるはずだ。」
黒木はそう言って岩佐を睨み返した。
「しかたない。」
岩佐の顔が歪み、内ポケットから大型のナイフを出した。
「それでどうするつもりだ。」
「引かんのなら、仕舞やかす。」
黒木はナイフを取り上げようと向かったが、素早く突進した岩佐のナイフは、黒木の腹部に深々と刺さった。
(恨みはないが、こうするしかないんじゃ。)
岩佐は、凶器をハンカチで拭うと内ポケットにしまった。
(きっちり刺した。生き死にはお前の運命じゃ。)
黒木の妻は、玄関に倒れこんだ夫の血塗れになった腹部を見て、即座に救急車を呼んだ。
知らせを受けた多田隈も病院に駆け付けた。
「容体は?」
「出血がひどいそうです。今夜がヤマと言われました。」
祈るしかなかった。
翌日一杯安否は不明だったが、明後日の朝になって大丈夫だと告げられた。肝臓を外れていたのが不幸中の幸いだった。多田隈は、黒木の家族とともに安否が判明するまで、病院を離れなかった。
多田隈は、礼子に電話した。
「あなたとお会いしていた黒木の上司です。一昨日、岩佐と名乗る男が黒木に捜査を止めてくれと言った後、腹部をナイフで刺しました。黒木は重体でしたが先ほど漸く一命を取りとめました。刺した人から話を聞いているか分かりませんが、卑怯とは思わんですか。」
解説
窮地に追い詰められた龍雄たち。・・・・岩佐は黒木をナイフで刺してしまいます。
岩佐が発言した『しまやかす』は福岡の筑豊弁で『終わらせる』ことを意味します。
・・・To be continued・・・