福岡物語

福岡物語-29

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福岡物語-29【日田駅
福岡物語(居場所を求めて)-29
一週間後、黒木に庸一から電話があった。
昼休みの時間帯に庸一の会社の近くの喫茶店に来てほしいとのことだった。
約束の時間にその喫茶店に行くと、奥のボックス席に案内された。

庸一は、そこで礼子との出会いから現在までの経緯について淡々と語った上で、龍雄については、
「ご存知かも知れませんが、龍雄君は覚醒剤の事件で服役しています。彼自身、高校を出てからは、定まった職に就かずに見栄や腕力の世界で行きてきたこともあり、懲役刑に服するという不幸な結果となったのですが、一人きりの姉にたいする心情は今でも純朴な少年そのままで、口利きこそ乱暴ですが、姉思いの優しい弟です。

私とは、あまり話したりすることはありませんが、礼子の夫として彼なりに私を尊重してくれる気持ちを感じており、率直に申し上げて私は彼を生き方は下手だが可愛い弟と思っています。彼が出所後どのようにして生計を立てていたのかは分かりませんが、もし今後彼が行き詰るようなことになれば、私が引き取るなりしなければならないと思っています。」

と話し、さらに、
「あれから龍雄君から、一切連絡がないようです。」
と言った。

庸一が、実直で優しい男だということは、着手の際の対応ぶりで分かっていた。
そのような男に愛されて幸せな家庭を築いている礼子に大それた犯罪を行う動機があるとは思えなかった。

「正直、奥さんは名前だけやと思っとります。ただし、その会社は、国から不正に大金を詐取しています。ですから誰がどのような方法で金を手にしたのか全部分かるまで調査をしなければならないのです。」
「それは承知しています。」

「奥さんから何か伺いましたか?」
「普通の主婦である妻が変な関わり方をしているとは到底思えませんが、黒木さん達が最初に見えた日以降、何か自分の胸に仕舞ったままです。あの夜迷惑をかけて御免なさいと言ってくれましたが、私の方から敢えて問い詰めたりしてはいません。夫婦として水臭いとかそういうことではなく、彼女が自分の意志で、何かを命がけで受け止めようとしているように思うんです。申し訳ありませんが、今の私は妻のその気持ちを大切にしたいと思っています。皆さんが一生懸命お仕事に当たられている以上、出来る限りのことはいたします。同時に、私は妻を心から愛し、妻も私や娘との生活をかけがえのないものとして生きています。」

庸一はそう言うと、
「これをお預けします。」
と言って一冊のノートを渡した。

黒木が尋ねると、
「あの日、友紀の鞄に入れてあったそうです。」
と答えた。

黒木は、庸一から受け取った日記を何度も読んだ。その上で証拠物件を見直したところ、雄一の携帯に岩佐という名前が登録されていることを知った。

岩佐の犯歴を調べた結果、龍雄や丸田と同時期に福岡刑務所に収監されていたことが分かった。
「こいつらが首謀者だな。ところで日記に書いてあるうなぎの話って何かな。」

日記を手にした松尾が、
「刑務所じゃ、うなぎを食いたくても食えんでしょう。出所したら真っ先に何を食うとかそういう話じゃないですか。」と言った。

内偵班の協力にもかかわらず、首謀者と目される三人を捕捉できないまま2月が過ぎ、雄一も姿を消して連絡が取れなくなった。出頭要請に応じて時折国税局に来る礼子からも具体的な供述は得られなかった。金の相場表が釜山から送られていたことや、雄一の軽油代の支払い状況から、海上での密輸出であると想定されたが、実態は依然不明だった。やがて礼子は、頻繁に黒木に呼ばれるようになり、そのたびに龍雄の所在や連絡の有無などを聞かれた。

庸一も週末に呼ばれた。庸一が調査を受ける時間はさほど長くはなかったが、礼子たちを捜査の窓口と捉えたからには逃さないという黒木の執念を感じた。

礼子は、龍雄達の防波堤になることに迷いはなかった。この場さえ乗り切れば、彼らは真っ当に生きていけるだろうと思っていた。
(休日に呼ばれる夫には申し訳ないが、弟を守ってやれるのは自分しかいない。)

夫は呼ばれると素直に出頭し、黒木と当り障りのない話をしているようだった。
「いつも龍雄君から連絡がなかったか聞かれとる。あとは黒木さん、自分の家族や身の回りの話ばっかりしよる。」

夫は黒木に会うのは何か自分に課された義務のように思っているらしかった。
礼子が、黒木に「いつまで続くんですか。」と言ったことがあったが、
「全部終わるまでや。」
と素っ気なく言われただけだった。

同じ質問を庸一がしたところ、
「奥さんは、社長で、しかも実行犯と目される龍雄さんらを庇って何も言いません。僕も長い間お会いしてきているので、気持ちの真っ直ぐなしっかりされた方だと思っています。しかし重大な罪を犯した犯人を庇っているとなるといずれ奥さんも困った立場になりかねません。」と言われた。

「妻が罪に問われるのですか。」
「不正受還付の幇助犯。さらに社長になっている会社にも責任が問われますから、無傷ではすみません。もちろん証拠に基づき、裁判官が有罪と判断した場合ですが。」

「どうしたらいいんですか。」
「龍雄さんたちが潔く私の前に出てくるしかない。」

その夜、庸一は黒木から聞いた話を礼子にした。
礼子は、「あなたには本当に申し訳ないけど、私は大丈夫なの。」と答えた。

答えた表情に憔悴が見えた。
礼子は苦しかった。
(自分はどうなっても良いけど弟を助けたい。でも夫や友紀にこれ以上迷惑をかけたくない。)

解説
龍雄達の防波堤になって捜査を乗り切りたいと思う礼子ですが、次第に苦しい立場に追い込まれて行きます。

・・・To be continued・・・

 

 

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