横浜物語

横浜物語-18

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横浜物語-18【綾目
横浜物語(悪魔のロマンス)-18
それからの純子は、馬車道のホステスや事務員として働いた。
歳月が過ぎ、病に倒れた。腫瘍の転移が進み余命幾ばくも無い状況になった。
ありったけの愛情を込めて育てた子供は、17歳になっていた。

通帳と印鑑を子供の目の前に置き、純子は、
「母さんが今まで溜めたお金よ。お前の名前にしてある。当分困ることはないわ。」
と言った。子供は何も答えず、じっと母親の顔を見つめていた。

「お前は私が命をかけて育てた子。ちゃんと生きていけると信じてる。」
「一人ぼっちになるのは辛いけど・・・俺は大丈夫だ。」

「話しておくことがあるの。」
「何?」

「姉がいるの。すぐ近くで暮らしているわ。」
「今連絡しなくていいのか?」

「ほとんど連絡しないで来たわ。でも私が亡くなったら伝えて欲しいの。」
「仲悪かったの?」

「姉は真面目で正しいことしか言わないし、母さんはこのとおり好き放題してたから若い頃はいつも喧嘩してた。今更会ってもしょうがないけど、やはり姉と妹だからお前から連絡だけはしておくれ。」
「うん。」

「もっと大切な話があるの。」
「なんだい?」

「お前のお父さんのこと。」
「えっ!」

「これから話すわ。」
「これまでいくら聞いても何も言わなかったな。生きてるのか死んでるのかも。」
少年は食い入るように母を見つめた。

「名前は、村上司朗。母さんの高校時代の同級生だった人。」
「ムラカミシロウ?」

「その人も近くに住んでるわ。」
「付き合ってたの?」

「お前を産むまでの短い間だけ。それからは会わないようにした。」
「どんな人なの?」

「母さんが認めた男よ。優しいけど性根が座った人なの。」
「・・・そうだったのか。」

「黙ってて御免ね。」
「その人に母さんのことを伝えればいいのか?」

「そう。でもそれだけじゃないの。」
純子は、司朗と横浜で再開してからの日々を子供に話してきかせた。

「その人を好きだったんだな。どうして結婚しなかったんだ?」
「奥さんがいたわ。その人は子供を産んですぐ亡くなったけどね。」

「・・・」
「私と結婚してお前と一緒に住もうって何度も言ってくれたけど断ったの。お前を私だけの子にしたかったから。我儘な母親よね。」

少年の目から涙がこぼれ落ちた。
「俺は母さんだけでいい。」

「これから言うことをよく聞いて。」
「・・・」

「その人の子供、優一君って言うんだけどお前と同じ学校に通ってるの。」
「そいつなら知ってる。もやしのように華奢な奴だ。」

「母さんが亡くなった後、その子を見守って欲しいの。」
「どういうことだ?」

「私にお前を授けてくれた恩返しをして欲しいの。司朗さんの子供は弱くて脆い。お前にその子を守って欲しいの。」
「そんな必要あるのか。ちゃんとした親がいるだろう。」

「親じゃどうしようもないことがあるわ。お前は良くも悪くも母さんの気性を受け継いで性根の据わった子になった。でも彼はそうじゃない。」
「どうしてもそうしろって言うならするけど。」

「ありがとう。面倒くさいこといってごめんね。」
「母さんが好きだった人の子供だろ。俺が出来るだけのことはするよ。」

「あんたがあの子を守ることで私の帳尻があうの。お願いね。」
(今更お前に本当のことは言えない。でも賢いお前のこと、いずれ気付くはずよ。私をありのまま受け継いで育ったお前が、華奢な優一を守りながら二人の絆をたどってちょうだい。)

「母さん、その村上っていう人、今呼ばなくて良いのか?」
「うん、お前だけでいいの。これまでもずっと二人きりだったし。」

「分かった。」
「強く生きるのよ。」
純子の葬儀は馬車道の人たちが取り仕切ってくれた。

Jは、母に言われたとおり、ナオミと司朗に連絡した。ナオミも司朗も純子の訃報に愕然とした様子だったが、二人ともJの生活の心配をし、一緒に住もうと誘ってくれた。

初めて会った人間が、それも二人とも、そのような親切を示してくれたことにJは驚いたが、母の位牌とともに母と暮らした場所で住みたいと言って断った。

解説
Jと優一は双子の兄弟でした。
純子は、息を引き取る前にJに優一を守って欲しいと告げます。
次回から事件の話に戻ります。

・・・To be continued・・・

 

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