福岡物語

福岡物語-26

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福岡物語-26【うな重(小田原市の松琴楼)

福岡物語(居場所を求めて)-26
その日、礼子は何もしゃべらなかった。
居宅の捜索でも目ぼしい証拠は、発見されず手がかりとなりそうなものは、礼子の携帯電話位だった。社長になった経緯や会社の申告についても知らぬ存ぜぬで、夫の庸一が言及した龍雄について質問しても何も答えなかった。

黒木は困惑していた。
昼過ぎには居宅の捜索を終え、礼子を説得して国税局に同行させようと思った矢先、娘の友紀が高校から早退してきた。

保健の教師が付き添っており、黒木達を見て少し戸惑ったようだったが、玄関先で出迎えた庸一に対し、「友紀さん、お腹が痛いと言ってお昼も食べず顔色も悪いので連れてきました。休ませてから病院に連れて行ってください。」と言い残して帰っていった。

黒木は多田隈に電話し、礼子の同行を断念すると告げた。多田隈は、案の定、「捕捉した唯一の重要人物を連れてこんとは何ごとか。娘は旦那に任してさっさと車に乗せて連れて来い。」と怒鳴った。

黒木は、「多田隈さん、今日は全くしゃべる気がない。俺でなくても誰がやっても話が聞けるとは思わん。娘の具合も悪いし、今日は無理押しせずにいったん引き取る方が良いと思う。旦那にはきちんと釘を刺しておきますから。」と説得した。

「旦那は真っ当な会社員だろう。旦那に説得させて何とかその嫁を連れて来れんのか。」
「それも考えたが今無理押ししても黙秘が続くだけです。今日は綺麗さっぱり引き取った方が後につながる気がする。」
多田隈は電話の向うで考える風だったが、やがて「お前に任す」と言って黒木に下駄を預けた。

庸一がふと見ると、帰ってきたはずの友紀が玄関脇にたたずんでいた。
そばに行き、既に捜索が終了した部屋に連れて行ったところ、「お父ちゃん、私どうしたらいいの。」と友紀が問いかけた。

庸一は友紀の問いかけの意味が分からなかった。
「これ、どうしたらいいか分からんの。学校に行ったらカバンに入っとった。」

娘が見せたのは、一冊のノートだった。
「お母ちゃんが入れたみたいだけど。」
友紀が庸一に渡したノートは、龍雄が服役中に書いたノートだった。

ノートはA4版で「明日への希望」と題字され、その脇にマジックで一七号と書かれていた。
「分かった。心配しなくていいよ。」

捜索が終了し、黒木は庸一に対して、
「奥さんは、名義だけなのかも知れませんが、多額の脱税が疑われる会社の社長なので、いずれ国税局に来ていただきます。弟さんにもお会いしなければなりません。ご協力のほどよろしくお願いします。」と言い残し、帰っていった。

黒木達が帰った後、庸一は礼子に、
「何がどうなのか全く分からんが、俺は、どんな時でもお前と友紀は命を張って守るから。」と声をかけた。

それまでずっと黙っていた礼子が、「今日はすごい迷惑かけたね。ごめんなさい。」と詫びた。

「思い当たることはあるのか。」
と尋ねると、礼子は、「弟達の仕事の件やと思うけど、いずれ落ち着くと思います。そのうち龍雄にはきちんと謝らせますから。」とだけ応えたが、思いつめたような言い方で、表情も硬かった。

その夜、庸一は友紀から渡されたノートを読んだ。
ノートの内容は、検閲を意識した一見当り障りのない日記だった。

6月3日
「房長の岩ちゃん。年も一緒の似た者どうし。」

6月10日
「姉ちゃんが面会に来た。何か喋れば良かったが何も言えんかった。」

6月15日
「覚醒剤の取引はいかんことやった。二度とせん。」

7月10日
「岩ちゃんの知り合いを紹介された。頭の良さそうな人だ。」

7月15日
「姉ちゃんが金本さん連れて面会に来た。ゆっくり話をしたかった。」

8月3日
「うなぎの話は面白かった。ここを出たら3人で頑張ろう。」

12月8日
「○○組だという人が入ってきた。最初、雑用はせんと言ったが、ここでは皆一緒じゃと話したら言うことを聞いてくれた。人間一人になったら皆同じじゃ。」

3月20日
「岩ちゃんが出所して房長になった。寂しくなった。あと半年。」

金本雄一の居宅に臨場した伊保も、目ぼしい証拠物を発見できずにいた。雄一の仕事は遊漁船業とされていたが、古い釣り具があっただけで、釣り客の乗船簿や釣りの仕掛け、釣り餌などはなく、所有している遊漁船からも何も見つからなかった。

部下が差し押さえて袋詰していた軽油の伝票に眼が走った。
「その伝票新しいな。見せてみろ。」
手に取って見ると、漁協から頻繁に軽油を購入していた。

「ここの捜索終えたら、販売所に行って購入記録を全部調べて来い。」と指示した。

雄一は、終始仏頂面で何を聞かれても喋らなかったが、所持していた携帯電話が押収されると知ると、取り返そうと暴れたが伊保に静止され、駆け付けた警察官に公務執行妨害で逮捕された。

その夜、丸田は小倉のシティホテルに居た。
昼前、海老原からの電話で国税の捜査が入ったと察知した。海老原の事務所や三和物産の事務所をそっと見に行くと、捜査官らしい者たちが捜索をしている様子が窺えた。

査察だと確信した。
(海老原が、俺の名前を出した以上必ず自分のところにも来る。自宅にある書類を早急に隠さなければならない。)

本社事務所にはテレビや娯楽雑誌位しか置いておらず、実際の取引記録や虚偽の免税売上の資料は丸田の自宅にあった。急ぎ自宅に戻り、トランクに書類を詰め込んでタクシーを呼び、小倉駅近くのホテルにチェックインした。

(しばらく様子を伺うしかない。)
龍雄と岩佐に電話して、査察が来たことと書類を持ち出したことを話し、夜半に落ち合うこととした。

解説
多田隈は、黒木に、無言を貫く礼子を国税局に連行して取り調べるよう指示しますが、黒木は礼子への追及を止めて引き払う方が後日につながると黒木に伝え、多田隈も黒木の判断を受け入れます。
伊保の捜索を受けた雄一は公務執行妨害で逮捕され、海老原からの電話で査察を察知した丸田は龍雄と岩佐に連絡して、夜半に3人で落ち合うこととなりました。

・・・To be continued・・・

 

 

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