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福岡物語-25【初冬の由布岳
福岡物語(居場所を求めて)-25
海老原と寝室に同行した係員は、上着とズボンを脱がせて、ポケットや服地の隙間を丁寧に調査した。やがて係員は、財布と携帯電話を持って戻り、応接のテーブルに置いた。

「先ほど携帯は、お出しくださいとお願いしていたんですがね。」
松尾はそう言うと、部下に、通信履歴の解析を指示した。

「三和物産に関与した経緯について教えてくれますか。」
海老原は、3年前丸田が事務所に来た時のことを思い出した。
あの時丸田とは、「いざとなったら知らなかったことで済む。」という話だったが、丸田は俺を庇うだろうか気になった。

「三和物産の社員が依頼に来ました。」
「誰ですか。」

「大学時代の同級生だった丸田という者です。」
「顧問料の交渉もその丸田さんと行ったのですか。」

「そうです。丸田は社長から任されていたのだと思います。」
「会社の申告書の作成や出来上がった申告書の説明は誰にしていたのですか。」

「丸田です。」
「三和物産の社長と会ったことはありますか。」

「いいえ、私は丸田以外の会社の人間と会ったことはありません。」
「丸田さんは今どこにいますか。」

「分かりません。電話番号は携帯に登録しています。」
「あなたから丸田さんに電話していただけますか。私がすぐ代わりますから。くれぐれも査察調査の件とは言わないでいいただきたいが。よろしいですか。」

海老原は、携帯を受け取ると丸田に電話した。
「丸田、国税局の方が急に見えてな。細かい説明が出来なくて困ってる。今担当の人と変わるから。」
(今、丸田を査察官に会わせるわけにはいかない。俺は知らなかったと言ってもらう言質を取るまでは、なんとしても丸田に逃げてもらう必要がある。感の良い丸田のことだ。国税が急に来たと言ったことで、マルサだと気付いて行動するはずだ。)

松尾が携帯を受け取ると、電話は切れていた。
「切れてますが。」
「どうしたんですかね。もう一度電話してみましょうか。」

「いや、私がします。」
その後、松尾が何度電話しても応答はなかった。

松尾は、いったん外に出て事件本部の多田隈に電話した。
「丸田忠彦という男を至急捕捉してください。」と言って、海老原の携帯から判明した丸田の電話番号を伝えた。

「どういう奴だ。」
「海老原の大学時代の同級生だそうですが、三和物産への関与を依頼してきた者です。顧問料の提示もその丸田からあり、海老原は三和物産では丸田以外の者と会ったことがないと言っています。海老原に電話させて、代わったら切られました。その後何度電話しても出ませんので、おそらく査察を察知していると思います。」

「了解。ところで情報がある。」
「何ですか。」

「三和物産の還付金が入金された銀行な、入金直後にほとんど全額が引き出されていたが、その銀行の帯封が付いた現金が、海老原の事務所の金庫から出てきた。」
「えっ、海老原の顧問料は銀行振り込みと聞いてますが。」

「3000万以上だ。相当深くからんどるぞ。そこの捜索終わったら、こっちへ連れてきて尋問しろ。」
「分かりました。」

「銀行で還付金を引き出した人間は分かってますか。」
「伝票上では、社長の弟の高山龍雄ちゅうのが代理人になって下ろしとる。今監視カメラの映像記録を確認させているところじゃ。ところが、この高山がどこにいるか皆目分からん。社長の携帯にあった番号をかけても応答なしじゃ。」

「会社の役員とか従業員は分かったんですか。」
「社長は黙秘じゃ。会社の帳簿上では、社長に月30万の報酬が払われていて、従業員は、そう、お前が今言った丸田が事務担当ちゅうことで、あとは女性のアルバイトが3人ばかりだ。丸田の給料は月20万、アルバイトは数万、社長以外の役員には報酬がなくて名義だけのようだ。」

松尾は応接に戻り、海老原を見据えた。
「嘘を付かずに本当のことを話して欲しいんですが。」
「松尾さん、あんたは元職員の私を疑っとるんですか。」

「先生の事務所の貸金庫に多額の現金があったと報告を受けましたが、これは何のお金ですか。」
事務所も同時に捜索されていたと知って、海老原は愕然とした。
「取引先から借りたお金です。」

「どこから借りたのですか。」
「相手の都合もあるので、申し上げられません。」

「借用証は作成しなかったんですか。」
「してません。」

「貰ったお金じゃないの。」
「決してそんなことはない。」

「税理士ともあろう方が、自分の金庫に大金があって、その出所を説明できないというのは大変なことですよ。」

松尾は銀行の帯封の話は出さなかった。国税局の取調室で尋問する時に使うことにした。
(家族も一緒にいるこの居宅で強引に追及すれば、どんなに苦しくても言い逃れをはかるか黙秘するだろう。)

捜索終了が見込まれた頃、松尾は海老原に国税局への同行を求めた。
「あなたがたと同行する気はない。」
「我々は、あなたを拘束して連行する逮捕令状は持っていませんので拒否は可能です。ただし、その場合ここで質問調査を継続します。本当に聞きたい質問はこれからですから。」

「私は外に出て酒でも飲みますよ。今日は疲れたから。」
「それはできません。国税犯則取締法に基づいて、居宅の出入りを禁止します。」

「俺を脱税の幇助者だと思っとるんか。」
「あなたの立場を考えて国税局に行こうと言ってるんです。これから遠慮なしにお話を伺いますが、それはご家族のおられるこのご自宅より、国税局の方が良いのではないですか。」

そう言うと松尾は、海老原の目を正視した。
「先生は幇助と口にされましたが、共謀共同正犯という見方もあります。幇助犯は従犯ですが、共犯は正犯ですので、責任の重さが全く違います。先生、仕入れていたのは金のインゴットです。それを免税店で売ったようにして還付を受けていたとすれば、とんでもない犯罪ですよ。」

海老原は、「仕入れは見ていないと言ったろう。仮に脱税があったとしても俺は関係ない。」と言い返したが、顔色は冴えず肩も落ちていた。

解説
松尾査察官による海老原税理士への追及は、次第に厳しさを増してきました。

・・・To be continued・・・

 

 

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