福岡物語-23【ヤリイカ】
福岡物語(居場所を求めて)-23
強制捜査を行うこととした箇所は、
北九州市小倉北区の株式会社三和物産本社事務所
福岡市東区の株式会社三和物産の免税店舗
北九州市門司区の林田礼子宅
下関市の金本雄一宅
のみであった。
龍雄達三人は、常に用心深く行動しており、伊東班が内偵をしただけでは彼らの存在を把握できなかった。着手に先立って、多田隈は、捜査班の全員を集めて言った。
「よく聞け。今回着手する事件は、免税店の販売を装った巨額の不正還付事件であり、着手する以上失敗は許されない。しかるに内偵班の活動によっても未だ事件の首謀者が特定できておらず、資金使途も不明である。被疑会社の代表者は、サラリーマンの夫と高校生の娘と暮らす主婦とされているが、同人が首謀者とは到底認めがたい。
したがって従来であれば、未だに内偵が継続されている事案であろうし、現に首謀者の見極めが付いてから着手という意見もあった。しかし、着手がいたずらに延びれば、その間奴らは不正還付を受け続け、国庫は損害を被る。
かような状況を勘案して今回着手と決したわけで、捜査班としては、査察着手時の現況確認や臨機の証拠収集から首謀者の特定に務め、判明次第即座に捕捉しなければならない。例のない難しい捜査となるがよろしく頼む。なお、伊東班長と協議した結果、今回に限って首脳者が判明し事件の概要が見えるまでの間、内偵班にも協力してもらうことになった。」
伊保が質問した。
「税務署に指示して、消費税の還付を一時保留させ、その間内偵を続けさせるわけにはいきませんか。」
「それも考えた。しかし伊保よ、相手は素人じゃない。還付保留となったら、危険を察知して隠れる可能性が高い。」
税理士法三三条の二の書面を提出している元職員の海老原税理士は捜索の対象とはせず、必要があれば後日協力を要請して調査することとされた。
しかしながら伊東は、着手直前に自ら裁判所に赴いて裁判官に対し、
「免税店での販売がなかったと十分に推定されるにもかかわらず、免税売上があったとして巨額の消費税の還付を受け続けた被疑会社の不正はかつてない重大な犯罪と思料されますが、そのような状況下において、申告は全く正当であると主張する書面を提出した税理士については、強制調査が不可欠でありまして、さもなくば実行行為者と共謀して証拠隠滅を行う虞があります。」などと説明して海老原の居宅や事務所等に係る捜査令状の交付を受け、多田隈に渡していた。
着手の前日、多田隈は事件準備で忙しかった黒木達を連れて、次郎丸に行った。
店主が、「黒木しゃん、この頃いっちょん見らんかったばってん、中洲あたりで女子と遊びよったと?」と愛想を向けると、多田隈が、「俺がずっと遊ばせよった。しばらく遊びはやめれんな。」と静かに答えた。
黒木は黙ったままだった。
事情を察した店主は、「忙しかなら仕方ないばってん、あんまし無理せんごとね。」と言って、奥の生簀から取り出したヤリイカを短冊にして出してくれた。
解説
多田隈は捜査班の部下に対し事件の概要を説明しました。着手前日の夜、黒木達と行きつけの居酒屋で静かなひと時を過ごします。
・・・To be continued・・・