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福岡物語-22【銘酒そろい踏み

福岡物語(居場所を求めて)-22
伊東は、多田隈に引き継ぐにあたり、内偵班の責任者として初めて頭を下げた。首謀者が不明で販売先も解明できておらず、事件の絵が描けていなかったからだ。

内偵段階で販売事実がなかったというだけでは、何の証拠にもならず、その上、相手方は税理士法33条の2の書面まで付けている。これまで、先の見えない事件を引き継いだことのない伊東は、負い目を感じていた。

(得体の知れないやつらがインゴットを動かしとるんやろう。)
捜査班は苦労すると思った。

内偵は、究極、センスと想像力の仕事である。足を棒にして収集した幾多の情報から、己の感性で脱税に結びつきそうな情報を抽出し、それらの情報を組み合わせながら、想像力を駆使して事件の絵を描いていく。

何通りもの絵を描きながら、動静監査をするなどして想像と現実とのギャップの解消に努め、いよいよ容疑が濃厚になると事件着手の可否を国税局幹部に上申し、事件着手と決まれば裁判官に疎明して捜査令状を取得する。内偵班の仕事は通常ここまでであり、着手が決まれば新たな事件の発掘に取り掛かる。

一方、捜査は、忍耐力と人間力の仕事である。内偵班から受け取った事案を捜査令状を手に着手し、収集した膨大な証拠物件を検討するとともに、被疑者や関係人に対し、質問調査を行う。

被疑者も多様である。
男・女、若者・老人、事業家・無職者、政治家・ヤクザ、喋り上手・無口、日本人・外国人らの様々な被疑者と対峙するには、忍耐力とぶれない精神力が必要である。

事件が巨大であればあるほど、実刑を怖れて否認する者や逃亡する者が出てくるが、これらを証拠により有罪とするためには、丹念に証拠物件の検討を行うとともに、己の人間力で被疑者らに否認が不利だと悟らせねばならない。

相手が頑強に否認を貫く場合は、証拠資料の分析が詳細を極める。筆跡鑑定、破壊されたデータの復活、外国司法への捜査依頼等々、考えうる限りの証拠の解明に取り組むとともに、家族、親族、社員等様々な関係者に対して質問調査を行い、更には金融機関に臨場して把握した預貯金等の動きをもとに、資金の流れを徹底して検討し、これらを総合して否認を排斥しうる立証を試みる。

しかし、否認事件の担当者はつらい。己の力不足で否認させているのではないかとか、告発できずに事件を終わらせてしまうのではないかと思うと、日々なんとも言えぬ重圧感がのしかかる。

伊東の気持ちは分かっていたが、多田隈は敢えて言った。
「お前らしくないな。免税店で売っとらんちゅう状況だけで着手させるとは。」

内偵班と捜査班は、必ずしも協調的な関係ではない。むしろ普段は仲が悪いと言ってよく、内偵班は、捜査着手以降の捜査にはほとんど関与せず、それでいて、自分たちが自信を持って描いた犯罪の立証に捜査班が手間取ると冷笑することさえあった。

逆に、稀ではあるが内偵の見込み違いで、捜査班が事件を告発できずに事件を流すことがあり、そのような場合内偵班はいたたまれない気持ちになった。

伊東が黙っていると、多田隈が言った。
「事件担当チーフは黒木、サブには松尾と伊保の二人をあてる。捜査班最強の体制だ。」
「他の事案が手薄にならんか。」
「そこは俺が目配りする。」

突然、多田隈が伊東の手を強く掴んで顔を見据えた。
「どうした。」
「伊東、着手した後も引き続き俺を手伝え。捜査班のトップとしてこんなことを言ったことがないが、この事件は内偵も捜査もない。今後もお前達の力が必要だ。見えない首謀者を捕捉し、奴らが詐取した金を発見できんと前に進めん。」
「俺もそのつもりやった。」

その夜二人は次郎丸に行き、他の客から離れた奥のテーブルで飲んだ。
伊東が改めて、
「すまん。」
と言った。
「そんなことはもう良い。昼間話したとおり、着手後も事件の筋が見えるまで手伝ってくれ。」

「無論だ。ところでお前はこの案件どうみとる。」
「免税のふりして、どこかに別に売っとる。もしかすると船で密輸だろう。」

「やはりそう思うか。ヤクザが絡んどるかもしれんな。」
「相手が誰だろうが、そいつが分かって、隠した財産さえ見つければなんとかなる。」

「税理士は?」
「強制捜査に決まっとる。ただしOBで知り合いも多かろうから、念のために直前まで公にはせず、着手前日にお前が裁判所に行って令状を取ってくれ。」

「分かった。首謀者が日本人じゃなかったらどうなる。」
「正直難しくなる。会社は両罰規定で処罰できるかもしれんが、行為者は国外に逃げるだろう。」

法人が脱税した場合、その脱税の実行犯が処罰されるのは当然であるが、同時に法人にも罰金を科す処罰規定があり、行為者と法人の両方を罰することから両罰規定と呼ばれている。罪を起こした行為者とともに、社会的な存在としての法人にも責任があるとする規定であるが、多田隈達からすれば、脱税の実行行為者を刑事訴追できない事件処理は敗北と同じだった。

「その時は、検察を通じて国際捜査共助を頼むしかないだろうな。」
伊東はそう言った。
国際間の犯罪の増加を受け、一方の国の要請により他方の国が捜査や訴追等の刑事手続きを行う国際刑事共助のシステムがあるが日韓刑事共助条約が正式に発効するのは2009年になってからである。しかしながら、隣国韓国とは相互主義の観点からそれ以前においても協力し合うことがあり、伊東は霞が関に勤務していた時に検察庁を通じて韓国に脱税捜査を依頼した経験があった。

「そうならないことを願うが、なんとも言えん。まずはやれるところまでやってからだ。」

解説
伊東班長達が内偵した事件は、多田隈班長が率いる捜査班に引き継がれることになります。
時には不協和音が流れることもある内偵班と捜査班ですが、多田隈班長と伊東班長は両班が協力して事件にあたると約束します。

・・・To be continued・・・

 

 

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