福岡物語

福岡物語-49

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福岡物語-49【山下公園から眺めたランドマークタワー
福岡物語(居場所を求めて)-49
その夜、伊保は二人を連れて横浜に行った。
事件の進捗を知った黒木が、横浜のホテルを予約したからだ。

チェックインして荷物を預け、ランドマークタワー六九階の展望に上ると、横浜港の夜景は美しかった。
「綺麗やねぇ。うちこんなの初めて見るっちゃ。」
友紀が子供のようにはしゃいだ。

(今まで見てきたどんな男の先輩より、今日のあなたは素敵だった。)
(友紀、あなたは頭が良くて機転も利くけど、そんなのどうでも良い。あなたの凄さは一途に相手にぶつかっていく気迫よ。今日何度も泣きそうになったわ。)
外を眺めて喜ぶ友紀を見つめながら小百合はそう思った。

近田が東京の友人を介して、中華街の個室を予約してくれていた。
創業明治二五年の広東料理の老舗だった。

「ここ高いんやないと?」
小百合が伊保に聞くと、伊保は、「黒木さんから、近田さんのおごりと言われた。」と言った。

酒を飲む前に、伊保は小百合を叱った。
「お前が男だったらさすがの俺でも殴っとる。小百合は自分と友紀を危険な目に合わせた。二度とこんな真似はするな。」

友紀が言った。
「うちも賛成して一緒に行ったけん、うちにも責任がある。」
「違う。お前はサブで小百合がチーフだ。こういう場合、全てチーフの責任だ。」

「小百合さんが可哀相ちゃ。」
「友紀も小百合も聞きなさい。例えば登山を考えてみろ。天候を睨み、どこで宿泊してどの尾根に向かうかとかを判断するのはリーダーだけだ。皆の命を預かっているリーダーの判断は重い。俺達でいえば現場で判断するのはチーフだ。今日の小百合の判断はチーフとしては失格だ。福岡の本部がどれだけ心配したか考えてみろ。」

「すみませんでした。」
小百合が謝ると、伊保が笑って言った。
「沖縄育ちの俺には叱り役は似合わん。さあ食べよう。」

「しかし、伊保さん、よくあんな符牒知っとったねぇ。」小百合がそう言うと、
「まぁな。ちなみに『つれこみはかねになる』なんていうのもある。しかし、こうなるまでに多田隈さんや黒木さんにどれだけ怒られたことか・・。証拠物を読めん査察官はいらんって始終言われた。」

「あの二人、男の人たちには凄く厳しいものね。」
「そのおかげで今があるけどな。」

「二人とも、俺達捜査班の仕事の本質を知っとるか?」
「不正を見つけて告発することでしょう。」

小百合がそう言うと、
「それは結果だ。日常何をするかっていうことだが、友紀分るか。」
「質問調査と証拠物の読み込みですか。」

「五〇点だな。集めた証拠を十分読み込んで、その証拠で証明できる世界を広げるんだ。これが第一だ。」
「証明できる世界を広げるってどういうことですか?」

「例えば手帳を通り一遍に眺めただけではその証拠は通り一遍の証明力しかない。しかし、丹念に読み込んで検討していくと色んな事実関係が見えてくる。そうするとその手帳を使って証明できる世界が広がるんだ。」
「丹念な検討ですか。」

「そして、告発するための証拠がまだ足りないようなら、汗をかいて証拠を集め、改めてひとつひとつの証拠を吟味し、それらを組み合わせて証明する世界を作る。この繰り返しだ。今日の質問調査は気合が入って素晴らしかった。今回は上出来だったが、二人は今後覚えなきゃいかんことが山ほどある。物読みもそうだし、資金の流れの検討の仕方、銀行や証券会社の調査方法、電子データの分析など様々だ。」

「伊保さんも同じね。」
小百合が言った。
「何が同じだ?」

「男の人はみんな同じ。お酒を前にすると説教が好きなの。」
伊保が苦笑した。
「分った。もう言わん。」

「ところでね、今日友紀を見ながらずっと思っとったの。」
「何を思ったんや?」

「誰かに似とる気がするって。」
「そんな奴おろうはずがない。」

「うちも、さっきまでそれが誰か分からんやった。」
友紀は眼をまるくして言った。
「うちに似とる人やらおるの?」

小百合は答えなかった。
(友紀、あなたは黒木班長と一緒よ。怒った時の一途さはそっくり。)

冷菜のあと、北京ダックと鱶鰭の姿煮が出た。
「これは豪勢だ。琉球料理に勝るな。」
伊保がそういうと、鱶鰭を口にした小百合が、
「本当に美味しい。こんなの初めて。」と言った。

友紀は別のことを考えていた。
(永山将司の娘さん、どこにいるかどうしたら分るんやろか。)
(居場所が分ったとして、どうしたら良いんやろう。)

翌日三人は高輪警察署に行き、小百合と友紀は担当刑事から公務執行妨害、脅迫、暴行事件の捜査について聴取を受けた。聴取が終わった後、友紀は事情を告げて刑事に頼んだ。
「永山将司の娘さんを捜してるの。なんとかお願いできませんか。」

福岡に戻った友紀に刑事から連絡があった。
娘は港区の虎の門の病院に入院しており、当面退院の見込みはないとのことだった。
翌週月曜日来局した永山に、友紀は娘の所在を告げた。

永山は泣いた。
「俺はどうしたらいいんか。何も出来ん。」
「あんたに出来ることはあるやないの。お金持っとろうが。最高の治療受けさせて本人が願うことさせちゃり。脱税分と罰金払ってもまだ残るはずじゃ。」

「俺とは会ってくれんやろう。」
「当分うちが間に入っちゃる。父と娘じゃ。娘さんの心もいつかは溶けて会える日も来るやろう。」

「そうしてくれたら、有り難い。」
永山はそう言ってまた泣いた。
(この人達は親子や。時間が経って意地をはる気持ちが消えたら、きっと一緒になれる。)
(しかし龍叔父達はそうじゃなかった。父が日本人のうちと違って龍叔父が日本に溶けこむことはずっと出来んかったはずや。)

永山の取調べを終えた後、友紀は黒木に呼ばれた。
「お前は礼子さんと同じや。凛として気迫もある。しかし今回は蛮勇だ。万一のことがあったら俺が腹を切って済む話やない。一昨日門司に行って一部始終を話してお詫びを入れた。」

「えっ!父に話したの。」
「そうだ。そしたら庸一さんから言われた。お前を連れて礼子さんに今回の報告をしてくれって。」

「母の命日やないけど。」
「お前が初めてやった仕事だ。結果は見事だった。礼子さんにその報告をした上で、しかし二度と危ないことはせんと誓うんだ。」

「母にですか?」
「お前のような向う見ずな娘は、わしが色々言うよりもその方が良い。」

翌日、二人は、礼子の眠る城山霊園に行った。
花を供えた友紀は、母に伝えた。
(お母ちゃん、黒木さんと一緒の仕事選んで正解じゃ。今自分を出して仕事しとる。)
(うちの中のお母ちゃんを出して生きとるんよ。)

黒木も無言で手を合わせていた。
(礼子さん、こんな子を残して逝ったんやなぁ。)

解説
伊保が小百合達に説明した証拠物の分析手法は時代と共に変遷しています。従来から行ってきた筆跡検討などの書面上の分析は不可欠ですが、データの証拠保全や解析などのいわゆるフォレンジックな観点からの調査が最近とみに重要になっています。

・・・To be continued・・・

 

 

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